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1-5 2.5人で

いつもより少し長くなってしまいました。

 そこから2週間ほどはお互いに忙しくて話す時間が持てなかった。

 これでも公爵令嬢なので、お勉強にお作法、ダンスのレッスンといろいろと大変なのだ。合間にドレスの採寸なんかもある。ヨアンも執事修業と剣のお稽古があり、会うのは午前のお勉強の時間だけだった。


 今日は午後からはひさびさに空き時間ができた。

 ヨアンはお昼から剣のお稽古だったがお茶の時間には解放されて、今わたくしの前にすわっている。従者だけど、一緒にお茶をしてくれる人もいないので、ヨアンの時間があるときはいつも相手をしてもらっていた。


「お疲れだったわね。ヨアン」

 優雅にカップを持ち上げながら言った。


 お作法の成果がでているはず。というか後ろで控える侍女はお作法の先生の手先なのだ。成果が出ているか見張っているので気は抜けない。


「はい。疲れました」

 いつもと違って素直な返答が返ってきた。


「今日はロードライト卿の指南の日だったので」

 なるほど。それは疲れるわ。


 ロードライトのおじいちゃんは若かいころには王国の将軍にして軍の総司令まで務めた方で、月に数回うちの護衛騎士たちのために指南に来てもらっている。現役を退いてもう何年にもなるのに、ものすごく健康そのもの。えーと、そうそうカクシャクとしたご老人だ。若いころと変わらないしごきにうちの騎士たちはいつもげっそりだ。


「ほら、お茶でも飲みなさいな。今日のお菓子は焼き菓子よ」


 プレーンな焼き菓子には色とりどりのジャムが添えられている。お好みの味を楽しめるようになっているのだ。ちなみにわたくしのおすすめはローズジャム。


「いただきます。で、お嬢様もこのあと予定はないんですよね?」

 チラっと侍女をみながら言う。


「ないわ」

 例の話ね。わかったと目でうなずいておいた。



 お茶のあと侍女を下がらせると、また勉強机に座らされる。机にはあの厚い資料が置かれていた。

 この形じゃないといけないのかしら。さっきのお茶のテーブルで話すほうがいいのに。


 すでにヨアンは先生のごとく立っている。


「では、今日は『攻略対象』について考えたいと思います」

「4人いたわね」

「そうです。この国の第二王子のディートフリート様、宰相の子息エドゥアルト様、近衛騎士団長の子息リドガー様、外務大臣の子息カミル様。お嬢様の婚約者候補たちです」


 婚約者候補ってまだ全然そんな話はでてない。


「みんな同い年なのね」

「えーと、ゲーム世界だとその辺は都合よくできてるそうです」

 なんで伝聞調なのよ。まあいいわ。


「ヨアンはゲームっていうけど、わたくしにはゲームの世界ではないのよ?もう。たまたま同い年でそろったって思うことにするわ」


「年齢はどうでもいいんです。できれば4人にお嬢様が惚れないことも重要なんですよ。4人に関心がなければ、そもそもヒロインへの嫉妬も生まれませんから」


 惚れるなって言われてもねぇ。


 パラパラ資料をめくってみる。ヒロインとのイベントだけでなく、容姿に性格、生い立ちなんかも書かれている。確かに書かれている内容を読むと容姿は全員カッコいい。けど会ったこともないしこの資料だけじゃあ惚れるなんて全然実感がない。もし会ったらヨアンがいうように惚れるのかな。会ったら――。


「ヨアン!」

「お嬢様、何です!?」


 突然声をあげたものだから、ヨアンの体がびくっとふるえた。ちょっと面白いわ。笑いそうになったが、気づいたことを話すほうが先だ。


「ヒロインは高等部からの編入だけど、わたくしは中等部から行くのよ。彼らも同い年だし王都にいる人たちだから中等部からいるわよね」


「まあ、そうですね」


「わたくしは中等部では彼らと一緒なのよね」


「はあ、そうですね」

 気のない合いの手ね。もう少し感情をこめてほしいところだわ。


「では、中等部のころはどうなの?この悪役令嬢はどうだったの?誰か好きだったの?」


「うーん、公爵令嬢の中等部のことは語られてなかったですね。もしかしたら中等部からヒロインが好きになる相手を好きだったのかも」

 あごに手を添えてそんなことを言う。なんて曖昧な。


「中等部から『メロメロ』なんじゃ、どうすればいいのよ?『メロメロ』に対策はできないと思うわ。これってヨアンみたいに突然好きになっちゃうってことでしょ?」


「なっ、ぼくのことはどうでもいいんです!って、サヨコさんまで笑うし」


 サヨコサン?


 こほんと、ヨアンは咳払いして続ける。

「それはおいてですね、『攻略対象』の対策としてはですね、4人以外にも目を向けて――」


「ヨアン」

 マナー違反だけど、話を途中で遮った。


「どうしました?焼き菓子食べ過ぎました?」

 心配そうに聞き返された。


 それ、さっきの仕返しのつもり!?お腹痛いですか?的な聞き方はやめて。お手洗いじゃないから!自分の顔が赤くなるのがわかる。そうじゃなくて、


「サヨコサンて?」

「え……」

「さっき、サヨコサンって言った」

「ぼく、言いました?」

「言ったわ。サヨコってヨアンの前世の人の名前よね?」


 だまっちゃった。目を閉じて考えこんじゃった……?いえ、目と目の間にしわを寄せたまま何か小さくつぶやいているのが聞こえる。急にひとり言とかこわすぎよ、ヨアン。


 突然、金色の目がパッと見開かれた。


「お嬢様」


「はい」

 思わず背筋が伸びてしまった。


「サヨコさん、実はいます」

「???」

 どこに?見回してみてもこの部屋にはヨアンとわたくししかいない。


「信じてもらうしかないですけど、ぼくの心の中にいます」


 ヨアン……やっぱり一年前の熱からおかしくなってるんじゃないの。

 思わず立ち上がってヨアンの額に手を当てる。熱は……ないわね。


「お嬢様、ほんっとうにいますからね」

 額から手をどけられて、じろっとにらまれてしまった。そして椅子に座らされると、一年前のサヨコサンとの出会いを教えてくれた。


 教えてはもらったけど、信じるのはまた別の話だ。こんなの信じろって言われても信じられないじゃない。こんな様子のわたくしにヨアンがため息をつく。


「信じられないでしょうけど、真実です。サヨコさんいるんですよ。今もお嬢様のことを心配しています」

「その、サヨコサンは何て?」

「ごめんなさいって。いきなり悪役令嬢で追放って言われても困るだけなのはわかっていたけど、どうしてもお嬢様にもぼくにもそうはなってほしくなかったって。生まれたときからぼくの目を通してふたりを見てきたから、ふたりとも幸せになってほしいって言ってます。……え、これも言わなきゃダメなの?……はい、わかりました。あと、ヨアンくんは男の子だから女の子の気持ちがわからないの。『悪役令嬢』のことを話すときに『お嬢様』って言わせないようにするね、だそうです」


 その言葉に目を見開かされる。


『悪役令嬢』って言葉と同じ意味でヨアンに『お嬢様』と言われるのはすっごく嫌だった。だってわたくしはまだ悪役令嬢じゃないもの。わたくしが頑なに『悪役令嬢』って言ってるのにヨアンは全く気付いてなくてずっと『お嬢様』だった。でも、心の中にいるっていうサヨコサンは気づいてたんだ。本当にサヨコサンているのかも。いるかも、と思うとどきどきしてきた。


「お嬢様……。サヨコさんに叱られました。これからは、ゲームの悪役令嬢の話のときはきちんと悪役令嬢と言います。今まで、ごめんなさい」

 ぺこりと頭を下げるヨアンをみて、どきどきがどきまぎになる。


 ヨアンが、ヨアンが素直に謝ってるってすごくない?

普段なら、ふっと笑って「お嬢様、そんなこと気にされてたんですか?いいですよ、これからは悪役令嬢っていいますね」くらいのことを言うわ。それが、なんだかシュンとしてるし、これは本当に心の中のサヨコサンに叱られたのかも。


 あー、もう、何がなんだかわからなくなってきたけど、すでにゲームの世界がなんとかっておかしな話を信じてるんだもん。今さらサヨコサンのひとりやふたりどうというのよ。腹を決めるわ。


「悪役令嬢の件は今後言わなければ結構よ。あと、サヨコサンのことは、信じることにする」

 サヨコサンには実体がないから仕方なくヨアンに右手を差し出した。


「えーと、サヨコサン、これからよろしくお願いしますわね」


「うわぁ、お嬢様、サヨコさん感激してますよ。『信じてくれてありがとう。こちらこそよろしくね。みんなで頑張ろう』と言ってます」

 なんだか、サヨコさんていい方のようね。わたくしもがんばろうって思えてくるわ。


「ところで、ぼく、先ほどから気になってることがあるんですよね。言っていいですか?」


 こんな時に気になることって何かしら?小首をかしげて待ってみた。


「お嬢様のサヨコさんの発音、間違ってるんですよね。サヨコサンでなく、サヨコさん」


 ――サヨコサンでなく、サヨコさん

 ヨアンなんか、サヨコさんに怒られてしまえ!



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