1-48 バルタザールに相談2
元々、わたくしがエルミナス学園に行くなら護衛も兼ねてヨアンも一緒に入学させる予定であったのだとバルタザールはいう。
だが、聖クレモナ学院に入学することが決まった。
学院は共学の体裁を取ってはいるものの、実際は校舎も男女別になっているため、ヨアンを入学させたところで送り迎えが一緒になるだけだという。ならばエルミナス学園に行かせても問題ないのではないか、と。
「お嬢様のお付きという立場ですので、了解を得ておきたくお話させていただきました」
「もちろん、わたくしなら構わないわよ」
「ありがとうございます」
「だけど、ヒロインが学園に来るのは高等部なのに中等部から通うの?」
「それでございますが――」
高等部からの編入は地方に住む貴族に認められたもので、基本的には高等部からの入学はできないというのだ。
「それにしても、バルタザールがヨアンの悩みにそこまで真剣に考えてくれてるなんてね」
使用人たちの信頼も厚いと聞くけど、こういうところがいいんだわ、きっと。
ひとり、うんうんとうなずいていると、バルタザールが苦笑する。
「残念ながら、お嬢様のご想像通りではございませんよ。ヨアンのことだけを考えての話ではありません。いずれミハエル様がエルミナス学園に入学されるので、ヨアンには学園がどういうところか先に学ばせておきたいという思惑もあるのですよ」
そうなんだ。でも弟のためなんて、これは是非ともヨアンには学園に行ってもらわないといけないわね。今はわたくし付きのヨアンだけれど、わたくしが学校を卒業するころにはミハエル付きに変わるから。
ヨアンはうちの家の家令になるべく教育を受けている。将来、ヨアンのお兄様が領地の管理、王都の屋敷の管理をヨアンが担うためよ。ミハエルが生まれるまではわたくしが婿を取って跡を継ぐはずだったから、わたくし付きになっていただけなの。ちょっとさみしい気もする話だけど、大切なミハエルのためなら仕方ない。
「そこで、お嬢様にはもうひとつご相談というか、お頼みしたいことがあるのですが」
まあ!珍しい。もうひとつとは何かしら?
バルタザールがいたずらを仕掛けるような顔でその頼みというのを告げた。お茶目な感じで言うものだから、わたくしも楽しくなってきたわ。
ええわかったわ。わたくしがお父様を説得するのね、まかせてちょうだい。
そして、わたくしの大いなる協力もあって、翌週にはヨアンの学園入学の話が進む。
決まったと言えないのが残念だけれど、入学試験があるというのだから仕方がないわ。ディートフリート殿下が入学するためエルミナス学園に人気があるのは知っていたけれど、試験が必要なほどとはね。なんでも試験が課されるのは下位貴族と一般からの入学者だそうよ。それだけ入学希望者が多いということだけど、試験が一部の人だけと言うのも不公平な気もするわね。ヨアン曰く、そこまでしても殿下の面識を得ておきたい人たちが大勢いるのだから仕方ないんですって。
わたくしにはそんなことよりも、一段と難しくなったお勉強の方が問題。ヨアンの試験対策もあって内容が難しくなった上に、午後もお勉強時間になるなんて想像もしなかったわ。
まあ、何となくヨアンの気分も上向いているようだからいいんだけど。
「あー、やっと終わったわ。ヨアン、お茶にしましょ、お茶」
今日も午後のお勉強が終わり、ようやく先生から解放されたところ。
「お嬢様、見られてますよ」
小声で言われてハッとする。侍女のベルタもいたのね。この上、お作法の時間まで増やされたらたまわらないわ。
背筋を伸ばし笑みを浮かべてゆったりとしゃべるよう心がける。
「ヨアン、お茶にしてちょうだい」
「かしこまりました」
それにしても、午前も午後も勉強ばかりだと、ぐったりよ。
ソファの背にもたれかかりたいのをぐっと我慢しながら、お茶が注がれるのを待つ。ヨアンもお茶を淹れるのが様になってきたわね。
「本日のお茶はユン・ディン産の茶葉です」
注がれたお茶は透き通った琥珀色をしている。香りも色のように爽やかだ。
「そしてお茶受けにはファッジもご用意しました」
ヨアンもよくわかってるわ。とーっても甘いものが欲しかったから、ファッジはうれしいわね。
ひとつつまむ。
ああ、生き返るようよ。目を閉じてうっとりする。
いけない、目を閉じてる場合じゃなかった。今日はヨアンに学園のことで聞いておかなきゃと思っていたことがあったんだったわ。
「お茶を淹れたなら、座って相手をして」
「はい」
向かいに座ったことを確かめ、聞く。
「試験日はわかったの?」
「2月の末ですね。詳細な日付はまだわかりませんが、2日間の試験になるようです」
結構試験まで時間があるわね。今は12月の初めだからまだ3か月近くこの状態が続くということになる。思わず天井を見上げてしまった。
「すみません。つきあわせてしまって」
「あ、あらいいのよ。ミハエルのためでもあるんですもの。これくらい何でもないわ」
そうよ、これもかわいい弟のため。ミハエルの学園生活が良いものになるなら、これくらい我慢しなきゃね。弟が学園に通うようになるのは10年も先の話だけど。
「それはいいとして」
声をひそめる。エルミナス学園のことを話すとなると、聞かれたくないことが多くなるから困ったものだ。
「はい」
心もちヨアンも体を前に寄せる。
「エドゥアルト様は大丈夫なの?」
ヨアンが顔をしかめた。
そうよねぇ。
「彼女は大丈夫だって言ってます」
「本当?」
「正直、ぼくは自信がありません」
わかるわ。大きくうなずく。
学園でいきなり倒れられないものね。倒れなくても鼻血だって却下よ。
「なんとか学園に行く前に会えるといいんだけど……」
カミル様のときだって何度か会ううちに慣れてきて平気になってる。そういう機会があれば、サヨコさんだって慣れるはずよ。
ただ問題は、エドゥアルト様が殿下のお茶会以外で見ないということなのよ。
殿下のお茶会に従者連れで参加だなんてまったくもって無理な話だし。付き添いも王宮の場合は侍女のベルタが同行しているため、ヨアンが会える機会がない。
それにしても、エドゥアルト様に会いたいと思う日が来るなんてね。
さらに心配と言えば――ヒロインよ。
さすがにこの話は侍女たちがいる場所ではできない。ヨアンには近いうちにどこかで話を聞かなければ。
いろいろと頭が痛いことばかり。
「お嬢様にはご心配をおかけします」
目の前のヨアンが殊勝にも頭を下げている。
ようやくご主人様のありがたみがわかったようね。そうよ、これが普通の主従関係よ。わたくしが求めていたことだわ。
今回のことは頑張ってよかった。少なからず満足を覚える。
そうだ、この機会にこれも言っておかなくちゃ。
「使用人を守るのは主人の務めよ。ねえ、ヨアン。悩みがあるときは、これからはご主人様に相談なさい。今回のように力になれるわ」
「はあ、ありがとうございます」
頭を下げていた割には、いまひとつ感謝の気持ちが足りないような気もするけど、よしとしよう。
こうして、気がかりの一つは解決した。新たな問題を作って。




