1-40 ヨアンの回想 ~サヨコさんと1230日~
よし、だいたい調べ終わった。
ペンを置くと調べた内容を再確認する。うん、これなら問題ない。
内容をまとめた紙の束を紐で綴じると机の引き出しにしまう。余暇を見つけての作業だから3週間もかかったが、やり終えた解放感に少しだけ浸った。後はもう寝るだけだ。
ひとつ伸びをして、さあベッドへというところで、サヨコさんが話しかけてきた。
『あんなこと言ってたけど、ちゃんと調べるんだね、ヨアンくんは』
「奥様が面白いなんて言うから気になるじゃないですか。それに、サヨコさんだって調べてる間、興味津々って感じだったと思いますけど?」
『そりゃあね。でも結果はそれほど面白くないって感じ?どっちかっていうとエヴァンゼリンちゃん、大変?』
「ええ、お嬢様には大変でしょう。バックが教会なので王立学園にはない科目なんかもありますよね。そういうところですかね、奥様が面白いって言ったのは」
ぼくもお嬢様と同じく、奥様の感性がわからないところがあるから、絶対の自信はないんだけれど。
『せっかく、学校の件はうまくいったのにね』
「お嬢様はすぐ怠けるから、ちょうどいいんですよ」
最近、あの怠惰なところが助長したら悪役令嬢のおバカなところになるんじゃないかと思えてきてたから、この学校いいかもしれない。
そう考えているとサヨコさんがぼくの中で盛大にため息をついた。
『もう!ヨアンくんはエヴァンゼリンちゃんに厳しいよ。この調べた結果だって伝えないんでしょ?お茶会だってまだまだ大変なのに、その上、学校までって。グレて悪役令嬢になったらヨアンくんのせいだからね』
「ぐれて」って意味がわからないけど、サヨコさんとしてはもっとお嬢様を労われってことなんだろうな。
「そこは、ちゃんとフォローしてるじゃないですか。ほら、お茶会出席禁止にしてもらったのだってそうだし、対策『金銭感覚を磨け』も前倒ししたのは知ってるでしょう?」
さすがにあの悪役令嬢のセリフを聞いた後、心配になったのでサヨコさんと話し合った。サヨコさんがお茶会の強いストレスが言わせたんだって譲らないから、バルタザールさんに相談して奥様に罰という形で出席禁止にしてもらったのだ。
「それにサヨコさんが言ったんですよ、別の学校に行ったとしても解決するか絶対の自信がないって。だからぼくは気を抜かないことにしてます」
『……うん。気を抜いちゃいけなかったね、ごめん。でも、時々は優しくしてあげて。エヴァンゼリンちゃん、まだお友達できないし』
サヨコさんはお嬢様に友人ができないことを相当気にしているんだな。
口に出して言ったことはないけれど、前世のサヨコさんも友達がいなくて寂しい思いをしたからかもしれない。ぼくだって気にしてないことはないけれど、学院に行くことが決まった今はあまり心配してない。なぜって、
「学院に行くなら友達はできますよ。ヒロインを虐める取り巻きになることもないでしょうから、作りやすいはずです」
お茶会に出ている貴族がこぞって学園に行くなら、なおさら作りやすいはずだ。
「それに、ほら、イヴリン嬢には友達っぽい子もできましたしね」
サヨコさんの気持ちを晴らすべく付け加えたひと言のはずだったが、お気に召さなかったらしい。
『ヨアンくん……イヴリンちゃんとエヴァンゼリンちゃんは別ものだから。そこ、よく覚えておいて。エヴァンゼリンちゃんに友達ができないと意味がないの』
サヨコさんのことを考えての発言なのに、なんだか理不尽だ。
お茶会でいろいろあってから、サヨコさんが公爵令嬢派になってる気がする。だいたい、学園に行くなら友人は作らないってことになってたはずなのに。
こと、友人の件に関してはサヨコさんの気持ちもわからなくもないので、しぶしぶ了承の意を伝える。
「わかりました。ちゃんと探しますよ、お嬢様の友達」
そうは言ったものの、お嬢様に相応しいとなると難しい。本来ならそれなりの家柄の令嬢がなるべきなんだろう、あのヒルデガルド嬢の家のような。だが今は、反公爵令嬢派のおかげで積極的にお嬢様と話したいっていう、それなりの家柄の令嬢がいない。
ここでもし『婚約者を探せ』がうまくいってたら、万事解決なんだけどな。誰かさんのせいで全然進んでないし……。
『カミル様に気に入られちゃったみたいだもんね、エヴァンゼリンちゃん』
あえて名前出さなかったのに。そこで言っちゃうんだ、サヨコさん。
カミル様とは春先のお茶会の後でも意外なところで何度も会ってしまった。なんだか明日も会いそうな予感がする。
『あれ?ヨアンくんはカミル様推しだったじゃない。私はこれだけ会うと側にいても平気になったよ。それにあのお茶会が表ざたにならなかったのだってカミル様のおかげもあるんだし、感謝しなくちゃ』
推しじゃないし!
まあ確かに、カミル様のおかげで公爵家の名誉も守られた部分はあった。あのお茶会の主催である伯爵家の女主人に「公爵家の令嬢が他の令嬢たちに囲まれていじめられていた」とささやいてくれたのだから。
実際取り囲んでいたのは事実というのもあって、ヒルデガルド嬢たちが何を言っても大人たちは取り合わなかったようだ。逆に彼女たちが家人から叱られたことも容易に想像できる。
「そういいますが、微妙にお茶会でも会うから『婚約者を探せ』が進んでないんですよ」
これは、ほんとに頭が痛い。すでに婚約者候補になって1年半がこようとしているのに、進展ゼロって……。学校より何よりこの対策こそが最上位にくるべきものなのだ。
『そうだったね、今年の園遊会でも探せなかったし』
今日のサヨコさんはどうしたんだろう。いやに思い出したくないことをどんどん思い出させてくれるな。もうこうなったらやけだ。
「そうですよ、園遊会ではずーっとカミル様と一緒でしたからね」
お嬢様との待ち合わせ場所にふらっと現れたと思ったら、会って早々に言ったことが、「令嬢たちがまとわりついてうるさいんだ。君たちは人目につかない隠れ場所、いろいろ知ってるでしょ?」だ。そう言うと園遊会が終わるまでぼくたちの側にいたんだからたまったものじゃない。しかも令嬢たちに見つからないように3人分の食事を運んだのはぼくだ!
『あはは、そうだったね。また今年も催し物がひとつも見れなかったってエヴァンゼリンちゃんは嘆いてたんだったね』
「笑いごとじゃないですよ。だいたい『攻略対象』と仲良くなるなんてありなんですか?」
『それなんだけどね、エヴァンゼリンちゃんが好きにならない限り大丈夫なんじゃないかな。王子様ともそうだけど、エヴァンゼリンちゃんは『気合いと根性』があるから大丈夫みたいって言ってたじゃない』
好きになったのを気付いたら遅いんですよ、サヨコさん……。
若干、サヨコさんの公爵令嬢派が進んでいるようで、心配になってくる。やはりぼくが頑張らねば。なのに、
『ほら、私たちがちゃんと見て気付ければ問題ないよ!エヴァンゼリンちゃんてにぶそうだし』
なんて、軽く言っている。
カミル様とも殿下とも今のところは大丈夫そうだとはいえ、ぼくとしてはやっぱり会う回数は少しでも減らしたい。




