1-38 お誕生日のお祝いの後で1
エヴァンゼリン12歳。お母様はなんだかすごいことを知る。
結局、お茶会のことを思い出して、大した案も立てられずに翌日のお誕生日を迎えてしまった。
お父様のことだから、『お願い』すれば聞き入れられると思っていたこともある。
だが、お父様は手ごわかった。
昼餐の後で、祝ってくれたことへのお礼と合わせて、学校のことを『お願い』してみたのだけれど、全く取りあってもらえなかった。それどころか、最後には少し悲しそうな顔をして、
「可愛いエヴァンゼリン、それでもお父様はエルミナス学園に行ってもらいたいと思っているよ」
と言うと、わたくしの頭をポンポンとたたいて、お部屋を出てしまわれた。
まさか、失敗するとも思わず、まして悲しそうな顔をされるとも思わず、呼び止めることも追いかけることもできなかったの。昨日までは成功する気でいたから、どうしていいかわからなくなってしまう。突っ立ってるわけにもいかないので、ソファに腰は下ろしたけど、頭のなかはたったひと言でいっぱい。
――失敗
おねだりが効かないなんて思いもしなかったから、失敗したときの案なんて何もない。このままだと、エルミナス学園に行かなくてはいけなくなる。
部屋に戻ることもできずにいると、隣に誰か座った。
薄い紫色のドレス――お母様だわ。
「エヴァンゼリン」
手を握ると優しく名前を呼ばれた。
「どうしてそんなにも聖クレモナ学院に入学したいの?」
「どうしても……」
「理由は言えないのかしら?」
わたくしが悪役令嬢になるからなんて言えるわけがない。だから首を振る。
「理由は言えないのに、聖クレモナ学院に行きたいなんて、お父様でなくても納得しないわよ。それにエルミナス学園はとてもいい学校だわ。何が不満なの?」
「学校に不満はありません」
「そう。それじゃあ、学園に行く方たちが嫌なのね?」
「……」
いつもお母様は痛いところをついてくる。
『攻略対象』以外でも、ヒルデガルド嬢や殿下の婚約者候補の方たちのこともあって、今では学園に行きたくないというのが正直な気持ちだ。でも、これも言えない。
それに、学園に通っていてはおともだちもできそうにないし。
ただ、おともだちができませんとも言いたくなかった。心配させたくないというのもあったけど、自分に何か問題があっておともだちができないのを認めるようで嫌だったから。
だからうつむいたまま、首を振るしかなかった。
お母様が隣でため息をついて、頑固ね、誰に似たのかしら、とつぶやくのが聞こえる。
「エヴァンゼリン、こちらを向きなさい」
やや強い口調に顔が上がる。思いのほか近いところにお母様の顔があってびっくりしたが、そのまま目を見つめられて、
「本当に聖クレモナ学院に行きたいのね?その意思は絶対?」
そう確認してきたので、精いっぱい大きくうなずいた。
「あら、返事は?」
「聖クレモナ学院に行きたいです」
言葉にすると、不思議と本当に行きたかったのだと確認できた。
「わかったわ。それほど行きたいというならお母様がお父様にお話しましょう」
それって、まさか……。
お母様は学院へ行くのを認めてくれて、お父様も説得してくれるってことよね?
「ただし――」
続いた言葉に思わず身構える。やっぱりなにか条件があるのだろうか。そう簡単には事は運ばないらしい。
「エルミナス学園に行きたいとも、他の学校に行きたいとも、もう言えないわよ。いいわね?」
なんだそんなこと。一気に体から力が抜ける。なんてことはない。
「わかりました。お母様」
間を置かず返事をすると、お父様がすねてしまうけど仕方ないわね、と笑う。
「お父様は、ご自分の母校でもあるエルミナス学園にあなたに行ってもらいたかったのよ。それなのに、あなたが別の学校に行きたいなんて言うから、悲しまれてるわ。それだけはわかってあげてね」
きっとお父様のことだから、自分が通った学校に娘が行くなんてうれしいことに違いない。
「ふふ。エヴァンゼリンに学園のことをあれこれ教えたくてしようがなかったのよ」
そんな風に言われると、お父様に申し訳ないことをしたと思う。
でも、これで悪役令嬢にならないですむから家名も守れるし、ミハエルだって公爵家を問題なく継げるはず。お父様には悪いけど、ここは我慢してもらってミハエルが学園に入学するときまで、あれこれは取っておいてもらおう。
そう言えば、お父様のことだけを気にしていたけど、お母様はどうなのかしらと疑問が浮かんだ。
「お母様も本当はエルミナス学園に行ったほうがいいとお考えなのでしょう?」
「私?いいえ、エヴァンゼリンが行きたいと思った学校に行けばいいと思っているわ。しいて言えば、選択肢にセスティリア学院が入ってなかったのか聞きたいくらいね」
セスティリア学院って、あの断念した隣国の花嫁学校じゃない。
「あら、その顔じゃ選択肢に入っていたようね。ならどうしてセスティリア学院じゃないか、これくらいは教えてもらえるかしら?」
「お父様が、隣国の寄宿学校では入学するのを反対されると思ったから……です」
その返答にお母様がうなずく。
「そう思ったのね。でもセスティリア学院ならお父様も反対はされないわよ?」
え?どういうこと?
目を丸くするわたくしに、お母様はいたずらっぽく笑って答える。
「正確には反対できない、だけれど。なんたってお母様の母校ですからね」
「セスティリア学院の出身なのですか?」
おどろいた。お母様が隣国の花嫁学校に入学していただなんて。
しかもお母様の口ぶりからすると、お母様の出身校なのでセスティリア学院に行きたいって言えば、すんなり行けたって話になるわ。
「でも今からセスティリア学院に変えるのもダメよ。エヴァンゼリンが絶対に行きたいのは聖クレモナ学院ですものね」
「……はい、そうです」
お母様はさらにいたずらめいた表情で、
「ちゃんと調べないのがいけないのよ。お父様とお母様がどこの学校を出ているか。それぞれの学校がどんな学校なのか。セスティリア学院ってどんな学校か知っていて?」
「寄宿制の花嫁学校だと聞いています。時折、王女様も入学されるのだとか」
「あらあら、それだけなのね。その感じでは聖クレモナ学院を選んだのは、男女共学じゃないからお父様が認めてくれやすかったってところかしら?」
図星だ。顔が赤くなる。
「エヴァンゼリン」
お母様の声があらたまる。
「今日で12歳ね。これからは交渉の仕方も覚えなさい。今回のことで学んだでしょう?直接相手にお願いするだけでは自分の希望は通せないわよ。誰にどう言えばいいのか、誰を使えばいいのか、誰に根回しすればいいのか、よく考えてね」
さあ、これで話は終わり、とお母様は立ち上がる。
なんだか、思いがけない話をいろいろ聞いて、喜んでいいのかわからなくなっていると、扉の前でお母様が振り返って言った。
「聖クレモナ学院ね、面白そうな学校よ」
ミッション系の学校ってだけで、そんなに面白そうな学校だったかしら?




