1-1 令嬢運命を語られる
わたくし、エヴァンゼリンは9歳にして自分の運命を知った。
同い年の従者がわたくしに滔々と語ってくれたからだ。
エヴァンゼリン9歳。
この王国に17家しかない公爵家のひとつマクシミリアン家の長女だ。つい先日誕生日を迎えて9歳になったばかり。
目の前には同い年の乳兄弟で従者でもあるヨアンがいる。
黒髪、金色の眼をしたヨアンはとてもかわいらしい顔をした少年だけど、つい1週間前までの体調不良がうそのように熱心にしゃべっている。仕事に復帰してきたと思ったら、なんだというのだ。それもなんだか、わたくしについてしゃべっているし、その姿にかわいらしさはない。
「……というわけでお嬢様は、このままじゃ国外追放か身分はく奪されるんです!」
身振り手振りを交えた熱弁だったが、わたくしには半分も理解できなかった。
乙女ゲームなる言葉もシナリオの分岐だの、わからない言葉がたくさんだ。
「お嬢様、聞いてます?」
「聞いてるわよ」
ヨアンがこわい顔で迫って来たので仕方なく返事した。ウソは言ってない。理解してないだけだから。とりあえずわかったことだけを伝える。
「ヨアンが昔は女の子でこことは別の世界にいたっていうんでしょ」
「そうなんです。生まれ変わる前、『前世』っていうらしいんですけど、そこでやっていたゲームがこの世界と同じものだったって言うんです」
こんなに一生懸命なヨアンを初めてみた。生まれたときから一緒だけど、いっつも落ち着いた感じなのにどうしたのかしら。もしかして、1週間前の熱で頭がおかしくなったとか。あ、夢と現実の区別がつかなくなってるのか。
「あ!夢だと思ってますね?違いますから」
さすが乳兄弟。何も言わずともわかってくれるって便利だわ。
「本当に別の世界で暮らしてたんです!」
そこからもう一度、チキュウという星のニホンという国で暮らしていたこと、ヨアンはその世界ではサヨコという女の子で『乙女ゲーム』なるものに熱中していたこと、そのゲームのひとつであるこの世界に生まれ変わったことを話し出した。
「で、なんとお嬢様はそのゲームの中で悪役令嬢なんです」
ヨアンの話では、エルミナス学園で高等部から編入してくるヒロインと呼ばれる少女をいじめる令嬢がわたくしらしい。聞いている限りでは結構ひどいことをやっている。裏で少女を誘拐しかけたり、人を使って襲わせたり。
今も熱い語り口調でヨアンは悪役令嬢のした数々の悪事を語っている。
はぁ……。『お嬢様は悪役令嬢』って何度連呼する気だろ。
「それ、あんまりうれしくない響きなんだけど」
わたくしのつぶやきにヨアンが反応する。
「そうですよね。お嬢様だって悪役令嬢は嫌ですよね!」
目を輝かせて言われても困る。
嫌っていうか悪役令嬢って響きが嫌なだけなんだけど……。
「だからがんばりましょう!悪役令嬢にならなければ問題ないんですから。僕とサヨコさんがいるんで大丈夫ですよ」
サヨコサンもいる?サヨコってヨアンの前世の人よね。ますます言ってることがわからないわ。熱くなっているところ申し訳ないんだけど、興味がない。
「ヨアンの話を聞いてると、そのヒロインて子に意地悪さえしなければ何の問題もないわよね。」
そして右手の手のひらを外に向けて宣誓のポーズをとった。
「わたくし、エヴァンゼリン・フォン・マクシミリアンは意地悪しないことを誓います」
なんだか面倒くさそうな話になってきたので、これで終わらせることにした。でもそう簡単にヨアンは引き下がってくれない。
「何言ってるんですか?王子たちはものすごいイケメン揃いですよ。お嬢様もメロメロになっちゃうんですって。でも王子たちはみんなヒロインに夢中で面白くないお嬢様はヒロインを虐めるんですよ」
イケメン――おそらく、顔が素晴らしく良いってことね、きっと。
というか、わたくしが『メロメロ』で邪魔するのが前提とは聞き捨てならない。なにその『メロメロ』って?
「絶対にその『メロメロ』になるとは限らないでしょ。それにヨアンの話にはおかしなところがひとつあるわ。王子様の婚約者候補がわたくしってあり得ないから」
ヨアンの話にでてくる悪役令嬢は王子様の婚約者候補の筆頭だというのだ。だが、わたくしは公爵令嬢であるとともにひとり娘だ。嫁に行く、ではなく、婿取りが必要なのだ。王子様は婿にはこない。
よし、毅然とした態度で言い返した。わたくし偉いわ。
言い返されたヨアンはというと目を何回かしばたいたあと、ポンと左のてのひらを打って言った。
「そうでした。お嬢様はまだ知らないお話でした。来年には弟君が生まれます。名前はミハエル様。なのでお嬢様はお嫁に行くんですよ」
とにっこり笑う。そして少し間目を閉じて何かつぶやいていたと思ったら、いつもの落ち着いた様子に戻ってこう言った。
「いきなりの話で驚かれましたよね。お嬢様がこの話を信じてないのもわかります。でも弟君が生まれたら信じることになるでしょう?そうしたら、頑張りましょうね。ぼくらがついてます!」
私の手を握ってぶんぶん振り回す。
えー、何をどう頑張るっていうの?
こうして、9歳は始まった。