九.
土曜日に病院に行くとすでに兄が来ていた、君枝はナースステーションの看護師たちとすっかり顔なじみになっていたため、病室に行く前に立ち寄った時に師長から声をかけられた。
「お兄様にお母様のことをあらためて聞かれましたので話しました、今後の方針についても話をさせていただきました」
どことなく師長が困惑顔をしているような気がした。
「そうですか、何か言われました?不快な思いをなさったのなら、申し訳ないことをしました」
「手術は出来ないのかとか、いろいろと聞かれましたので、先生も言っていたように年齢や体力的に手術の負担が重いことなどを話し、先生も弟さんの判断は正しいと思うと言っていましたとだけ説明しました」
心の中で舌打ちした、いい年をして医師の余命宣告の意味もわかっていない兄に苛立った。
「そうですか、ありがとうございました」
師長に深々と頭を下げて病室へと急いだ。
病室に入ってみると兄の姿は無かった、待合所から携帯電話で話をしている声が聞こえた。
「こんにちは、兄貴来てるんだね」
私と君枝の顔を見た母は笑顔を見せた。
「なんか、あんたに呼ばれたとか言っていたけど・・・何かあったの?」
「いや、お金を預けたって言っていたでしょ、その話もあるけど、母さんが入院している間の親父のこととか話しておかないといけないと思って」
「そうね・・・やっぱりあんたはちゃんとそういうことにも気付くんだね、ありがとう」
「なんだよ急に、別に普通じゃんか」
「お兄ちゃんはダメだよ、静子(義姉)さんはもっと気が利かない」
枕元に兄と私が写っている写真が貼られていた、20年近く昔の写真。
「なんだよ、こんな昔の写真貼って」
心の中で馬鹿野郎がと叫んでいた、こんな物を持ってきて、もしも母が重病だと気付いたらどうするんだよと罵った、いや、実際には母は自分の体のことだから、もうそれほど長くないのではないかと感じていたかもしれない。
「お兄ちゃんが持ってきたんだよ、他に持ってきて欲しいものがあったんだけどね」
「何、後で持ってくるよ、親父の顔も見て来ようと思っているし」
母から必要なものを聞いてメモしていると、君枝は袋に入れられていた母の洗濯物を持って部屋を出ていった。




