七.
父に会った、2度目の脳梗塞以降は少し痴呆の兆候が出てきていたので、そんな父に母の話をしても信じてはもらえない、いや絶対に信じないだろうし、たぶん余命宣告されたなんて話をしても現実を受け入れられないだろうと思って話すつもりは無かった。
やはり、母の病気は前から言っていた腰痛が年をとって痛みが強くなった程度のことと思っているようで詳しい病状などを聞く様子はなく、検査が終わったらすぐに戻ってくると思っていて、いつ戻ってくるんだ?母さんがいないと何かと不便なんだと繰り返した。
「まだ検査しているみたいだから、いつ戻ってくるかなんてわかんないよ」
やはり話せなかった、というよりも話すべきではないと思った。
金の心配、とりあえず入院費のことなどは兄に頼んだらしいことを話した、それと父の最初の脳梗塞の時に母が頼んでいたケアマネージャ、君枝の話では母のことも何かと気にかけてくれていたケアマネージャに連絡して急遽アポイントを取り、母に頼まれていたものを君枝が用意して家を出るとケアマネージャに会いに行った。
突然のアポイント、そして君枝だけでなく実の息子である私が来たことに驚き、何かただ事ではないことなのだと思ったようで、簡単に挨拶を済ませると父や母のことが書かれていると思われるノートを拡げて真剣な眼差しで私を見た。
「先日、母が入院したことは既にご存知のことと思いますが、さっき担当の先生に話を聞いてきました・・・癌だということで余命宣告されました、早ければ年内だと」
「そうですか、急な来所でしたので、お母さまの病状が思わしくないのだと思いましたが、それ程までとは・・・」
その後、父の昼食に宅配弁当の配達を頼んで一日一回配達時に様子を確認してもらうことにして、連絡先を私と君枝の携帯電話番号にしてもらって実家に戻ると、父に昼食は毎日弁当が届くことを説明し、実家の固定電話に登録されていた短縮ダイヤルの設定を私の家の固定電話から携帯電話に変えてから病院に向かった、もう午後6時近くになっていて面会時間終了も近づいていたので病室へと急いだ。
面会時間終了も近いため、もう近くのどの病室にも面会者はいないようで、母も夕食を済ませて婦人雑誌に目を落としていた。
「これ、頼まれていたやつ、持ってきたよ」
着替えやノート、婦人雑誌、大好きだった梅干し・・・病院の食事は味が薄いから梅干しが欲しいと言われ、医師からも好きなものを食べさせてあげてほしいと言われていたので、それらを入れた紙袋を見せると、君枝が紙袋から取り出した物を枕元の棚や足元のテーブルに上に置いていき、最後に梅干しの容器を見て母はニコリと微笑んだ。
「それ、一つちょうだい」
母が好きだったはちみつを使った梅干し、それをひとつ指でつまんで口に運ぶと、少し酸っぱそうな顔をして言った。
「晩御飯に間に合ったら良かったのになぁ、でも明日から食べられるから嬉しいわ」
「そっか、遅くなってごめん」
ケアマネージャの所に行って父の昼の弁当を頼んだこと、それで様子を見てもらって何かあった時には私と君枝に連絡が来るように変えたことを話した。
「本当にあんた達は気が付くわね、ありがとう」
「別に・・・そんなことないよ」
「お兄ちゃん達はダメ、ここへ来ても何も出来ないもの」
何も言う言葉が見つからない。
「お父さんのご飯のことは心配だったのよ、自分で作ったりできるけど、面倒くさくなって食べないなんて困るからね、それから・・・この梅干し、君ちゃん、知ってたの?」
「それは俊雄さんが、確かこのハチミツ入りが好きだったはずだからって」
母は私の顔を見た。
「あんた、梅干し嫌いで食べないのに、良くそんなこと覚えていたわね」
「なんとなく思い出しただけだよ」
そう言って少し照れ笑いした、そして暫くそんなたわいもない会話をして、面会時間終了になるとナースステーションに挨拶をして病院を出た。




