三十五.
翌日の通夜、母の時のように送り人が支度を整えるのではなく、葬儀屋の担当者によって父は身支度を整えて棺に移された。
結局、父の葬儀でも母の時と同じだった、喪主代理が喪主になったものの、結局会食では酔っ払い、義姉の兄が2人の態度に怒り、兄と義姉に注意したが結局ダメな兄だった。
お兄ちゃんがあんなだから・・・母の声が聞こえたような気がした。
その後、兄とは絶縁宣言したわけではないが、一周忌、三回忌、七回忌の法要には一度も参加しなかった、もちろん事前に君枝と墓参りだけはした、それで良いと思った。
両親がこの世を去って思ったことは、やはり『親孝行したい時に親は無し』だった。
私がしてきたことは決して親孝行ばかりではない、若い頃は心配もさせた、迷惑もたくさんかけたし、どちらかと言えば親不孝な息子だった。
もちろん母や父の最期を迎えるにあたっても親孝行をしたつもりなんてない、私がやったことは私がやれて良かったと思えることで、これはただの自己満足だ、でも私は両親が生きているうちにしなければならないことが出来たと勝手に思っている、それは墓参りに何回、何十回行こうとも出来ないことだと思っている、もちろんこれも自己満足だ。
君枝の両親は健在だが、私には君枝が私の両親にしてくれたようなことは出来ないだろう、しかし、私が聞いた母の最期の言葉が妻の名前である以上、私は君枝が両親にしたいと思うことを可能な限り出来るように支えなければならないと心に誓っている、それが、こんな私と一緒になって、嫁として両親に尽くしてくれた妻への恩返しなのだと勝手に思っている。
もちろん今までに感謝の言葉は伝えてきたつもりだ。
でも、もしも叶うならば私の最期のときには君枝が傍にいて、私はその名を呼んで「ありがとう」と伝えたい。
君枝が先に旅立つのであれば「ありがとう」と言ってもらえるのだろうか・・・
そうなるように、私はすべきことをするしかないのかもしれない。
おしまい
名前は全て仮名ですが、私に起こった実話です。
もう10年以上前のことになりますが、わずか9か月の短い間に父と母が旅立ちました。
もちろん世の中には私なんかよりも不幸な境遇の方はたくさんいると思います、突然の事故などに遭われて身近な家族が突然目の前から消えてしまったという方もたくさんいらっしゃると思います。
そういう意味では私は母の余命宣告を受け、わずか数か月でも覚悟する時間、心の整理をする時間、納得するための時間がもらえたことは何かに感謝しなければいけないことなのでしょう。
母の納骨の時、僧侶の方のお話の中に
「目の前にある墓石の下にお母様はいらっしゃいません、この冷たい石の下にはただ骨があるだけです」
あの歌の歌詞が思い浮かびました
私のお墓の前で泣かないでください~♪
「仏さんは、夏は暑く、冬寒い石の下になんていらっしゃいません、極楽浄土へ行かれた仏さんのことを思い出すための形でしかありません。ですからお墓参りをすることはとても大切なことですが、常日頃から、普段から、故人のことを思い出してあげてください、いつもあなた方の心の中にいるのです」
この言葉を聞いた時、母の顔が浮かんで涙が止まらなくなりました。
だから、忘れないためにも、記憶をたどって書き残すことにしました。




