十八.
大晦日の夜、歌が好きで元気な頃は台所で家事をしながら好きな歌を口ずさんでいた母、歌好きな母にとって紅白歌合戦だけでなく懐メロが流れる番組も多く、母は知っている曲がテレビから聞こえてくると一緒に口ずさんでいたのを思い出し、夜になって歌番組が始まるとテレビを点けて補聴器を着けてあげた。
「聞こえているんだろうか・・・」
母の傍らで君枝と顔を見合わせると、君枝は笑顔を見せて言った。
「先生も聞こえているだろうって言ってたんだし、もしも聞こえていたなら嬉しいんじゃないかなぁ、お母さん歌好きだって言ってたもんね」
「そうだな、聞こえているといいな」
そういえば、母と年末に一緒にいるのなんていつ以来だろうか、それに一緒に歌番組を見ているなんて、たぶん高校生の頃か、もしかしたらそれよりも前かもしれない。
すでに面会時間終了の午後7時を回っていたが、病院に泊まっているため消灯時間までは病室にいることが許されていた、しかし消灯になってしまうと外の喫煙所へ行けなくなってしまうため、消灯時間より前にタバコを吸っておこうと思い、薄暗い病院の中を歩いて外の喫煙所に向かった、病院の外は静まり返り正直言って長居したくない雰囲気だが、空気が澄んでいるせいか月明りが綺麗で、ゆっくりとタバコを吸いながら考え事をしていた。
母の余命宣告を受けて3か月、年を越せないかもしれないと言われていたが、なんとかここまで来た、しかし予断は許されない、痛みはすっかり感じないようだが、すでに酸素マスクは口と鼻を覆うものに変えられ、看護師は点滴の交換、母の腹に貯まる水を抜いている管と、おしめ、そして体内の酸素状態を測るという機械の確認に来る程度で、もちろん意識の無い母に話しかけるわけではないが、それでもおしめを交換するときなどは反応が無くても声をかけている姿に、そう長くはないのだろうと改めて覚悟をするように心に言い聞かせてきた。
もちろんどうすることも出来ないのだから、それを受け入れることしかないのだと思い続けてきたが、やはり問いかけに答えることもなく、ただ酸素マスクで酸素を送られて生きているような気がして、早く楽になってもらいたいという思いも心のどこかにあった。
3本ほどタバコを吸って病室に戻ると消灯時間5分前だったのでテレビを消して寝泊まりしている部屋へ移動した。
私は眠れなかった、そんな私に気付いていたのか君枝も起きていて、お互い布団に入っていたが小さい声で君枝に話しかけた。
「なんとか年は越せそうだな・・・」
「越せたからどうっていうことではないのかもしれないけど、とりあえずあと数時間で新年だ」
「そうだね、ところでお兄さんたちは実家に来ているのかなぁ」
「どうかな、たぶん来ているだろうな、お年玉貰うためにも来ないはずない」
「でも、病院に来ていない気がするんだよね」
「俺も来訪者名簿見ていないからわからないけど、俺たちがいない昼間に様子ぐらいは見にきてるんじゃないか」
「そうかなぁ、たぶん来ていない気がする、まあ来てもお母さんの反応がないことはお兄さん知っているから来ないかもね」
正直言って兄のことなどどうでも良かった、私は母親の最期が近づいている今、この瞬間に近くにいて、その様子を見ていることで十分だった。
時計を見た、深夜0時を回り、布団に入ったままだったが、君枝と新年の挨拶をした。




