そんな8話 「ドラゴンキラーおじさん」
大衆酒場『サンダウン』。
ここは、夜は酒場だが、昼は定食を提供するという庶民に人気の酒場である。
リーズナブルな価格で、ボリューミー。
日替わりの定食は毎日食べても飽きる事がない。
稀に赤字スレスレの豪勢な料理が出る事もあって、昼時の混み具合は圧巻の一言。
あまりに客が多すぎて、立ち食いする人まで出る事がある盛況ぶりである。
そんな人気の店舗だけに、昼食時を避けても、ほぼ満席であった。
「ここがアタシのオススメの店よン」
リプリシス達はクランキーに続いて、一ヶ所だけ空いていたテーブル席に着く。
よほど忙しかったのか、テーブルが少し汚れている事に眉をひそめたリプリシス。
すぐさまイスとテーブルを綺麗にするバートフ。
「日替わり、あるかしらァ?」
クランキーが慣れた調子で店員に話しかける。
店員が「日替わり三丁~!」と元気な声を出した。
「ふあ~、こういうとこ初めて来たよ」
「ンフフ、魔王ちゃんには刺激が強すぎたかしらン」
「…外で魔王って呼ぶの、やめてくれない?」
「わかったわ、リ・プ・リ♪」
悪寒の走る呼ばれ方に、取り戻しつつあった食欲を早速奪われるリプリシス。
「はぁい、日替わりお待ち!」
店員が持ってきたのは、見た事もない麺。
恐らくは小麦を使っているのであろう麺は太く、一本一本の存在感が極めて重厚である。
麺は薄いスープに浸かっており、パスタではない事は判別できる。
「あら珍しい、UDONだわ」
「え、UDON?」
「ンフ、今日は当たりの日だったみたいネ!」
どうやって食べるのだろう。
フォークを使って麺を取れば、浸かったスープがぽたぽたと垂れ、非常に食べにくい。
「…これ、パスタの方がいいんじゃないの?」
「やーねリプリったらァ、このスープと一緒に食べるのがいいんじゃナイの」
ズルズルと音を立て、スープを飛び散らせながら麺をすするクランキー。
いや、さすがにその食べ方は…と尻込みしていると、隣のバートフは音もなく食べている。
私もバートフと同じように食べよう…とリプリシスが考えていると。
「おいおい、そこはおれたちの指定席なんだけどなぁ、どいてくれや」
変な男達に絡まれた。
もちろんこのテーブルは彼らの指定席などではない。
本当に指定席なら、目印が置いてあったり、店員が注文を取りに来た時に一言あるはずだ。
クランキーが厳しい目線を送る。
「やーよォ、食べ終わるまで待ちなさいな」
「んだとコラ!」
ゴリラのような見た目のクランキーに対しても引かないその姿勢は、見事。
…などと傍観者を気取っていたリプリシスだが、首根っこをひょいと掴まれ、持ち上げられた。
瞬間、バートフの目線が厳しくなる。
(ダメダメ、穏便に穏便に…)
リプリシスが目くばせすると、バートフは不服そうに席に留まった。
「いいとこのお坊ちゃんかぁ、おい?」
ならず者風の大男に持ち上げられたリプリシス。
「人の食事を邪魔するんじゃないわよォ」
クランキーは爆発寸前だ。
これはいけない、とリプリシスが口を開く。
「えっと、ぼくたちは…」
「──うるっせぇんだよ!」
すぐ後ろの席から酒場中に響く大きな声がした。
酒場中の者が、思わず身を縮こまらせてしまう。
恫喝した男が立ち上がり、リプリシスの方を向く。
立ち上がった男は身長2メートル近く、立派なブレストプレートを身に着け、見事な細マッチョの腕が見えている。
年齢は30代だろうか、渋みの出て来た顔立ちは、酸いも甘いも知り尽くした大人の男だと感じられた。
「今日はUDONの日なんだよ…。
UDONだぞ…UDON…。
なに邪魔してくれてんだぁ…?」
恐ろしい威圧感。
リプリシス達も驚いているが、絡んできたならず者達も身がすくんでいるようだ。
明らかに不機嫌そうな男を見たならず者が、何かに気付いたように声をあげる。
「あ、あんたは…。
ドラゴンキラーのレオニード!」
「おう、よく知ってんじゃねぇか…。
表、出ろよ」
ならず者を挑発するレオニード。
「い、いや、あんたとケンカなんてゴメンだぜ」
すとんと落とされるリプリシス。
ならず者が彼女の肩をぽんぽんと叩いた。
「悪かったな、坊ちゃん。ごめんな、この通り」
ならず者たちは取りつくろうようにそう言って、慌てて店を飛び出していく。
その後ろ姿を見送るリプリシスは、特に気にした様子はなさそうだった。
「お前もよ、男なら、やられっぱなしになってんじゃねえ」
(あれ、もしかして、ぼくに向かって言われてる?)
レオニードと呼ばれた男は、されるがままだったリプリシスを見ている。
「あ、はい。気を付けます」
「おう」
そう言うとレオニードは店員に勘定を渡し、店を出て行った。
静まりかえっていた店内は、にわかに活気を取り戻していた。
「…驚きましたね。
ドラゴンキラーのレオニード。
とんだ大物がいたものです」
バートフは知っているようだ。
「すンごぉくいい男だったわねェ…」
…クランキーの感想は置いておく。
「誰なの、今の人」
「はい、単身ドラゴンを討伐したという話のある凄腕の傭兵です。
彼がなぜこの町に来ているかはわかりませんが…。
何かが起こりそうな気がしますね」
何かが起こりそう。
バートフが言うと、本当に何かが起こりそうである。
リプリシスはすっかり冷めたUDONを食んだが、その味を楽しむ事は出来なかった。
* * *
「バートフ、今日の事なんだけど」
「はい」
その夜。
食事を取った魔王リプリシスは、その執事バートフを呼び止めた。
「何かが起こりそうって言ってたけど、何か知ってるの?」
バートフは一瞬驚いた顔をしたが、ややあって返事をした。
「…いえ」
含みのある否定。
やはりバートフは何かを知っているようだ。
「ちょっとォ、その態度じゃ何か知ってますって言ってるようなものよ?」
同席しているクランキーも興味がありそうだ。
それにしても、いつもポーカーフェイスのバートフらしくもない。
ズレては落ち、ズレては落ちるモノクルの位置を何度も調整している。
やがて、意を決したようにポツリと語りだした。
「…隣国ハンコックとの戦争が起きると予想されています。
我が国リングリンランドは世界中から傭兵や兵士を募り、一気に攻勢をかける気でいるようです」
バートフよりもたらされた衝撃の一言。
「せ、戦争、するの?」
「あくまで予想、です。
しかしドラゴンキラーのレオニード、達人のザッカーバードなど優秀な傭兵が次々と集っているところを見ますと…。
確率はかなり高いかと」
隣国との緊張が、日に日に高まっているという噂は、リプリシスも知っていた。
しかし、たったひとつの丘陵を挟んだだけの隣国だ。
人々の往来も多く、何か問題を起こしているわけでもない。
さらに言えば、ハンコックは痩せた土地であり、占領するメリットも薄い。
わざわざ攻める必要はなさそうである。
ギリッと音が聞こえ、クランキーは指を噛んでいる。
(戦争はよくない。多くの人々の命が奪われてしまう。
何とか話し合いで解決できないものだろうか。
ぼくに出来る事は、何かないだろうか)
魔力にあかせたワガママ放題のマキアート家令嬢、リプリシス。
世界征服を企んでいるという噂のある魔王、リプリシス。
この立場を、上手く利用できないだろうか。
戦争は、回避すべきだ。
「バートフ」
「はい、坊ちゃま」
「明日、マキアート家に一時帰宅します。準備しておいてください」