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そんな7話 「ぼくの返答」

 結局こうなるのか。

 ちょっとまともな話をしてくれたと思ったら、すぐに結婚、結婚。

 ぼくはクライヴのこういうところが苦手だ。


「イヤです」


 最初はぼくもやんわりと拒否して、角が立たないようにしてきた。

 でも最近はストレートに伝えている。

 それでも彼は諦めてくれない。


 話の通じない人は苦手だ。


「何故だ? 僕と結婚すれば、心無い噂もほとんど消える。

 キミが苦しむ必要はなくなるんだ。

 侯爵家としてのしきたりが面倒なら、代役を立ててもいい。

 ここに住みたいならキミの思うようにしてもいい。

 それでも僕は、キミを、愛しているんだ」


 熱意を込めて伝えてくるクライヴ。


 どんな良い条件を出されても、結局ぼくの魔力目当てだというところは変わらない。

 根底が変わらない以上、ぼくの気持ちが彼に向く事はない。

 どんな言葉も白々しいだけだ。


「クライヴ様、お気持ちはありがたいのですが、そこまでしていただくわけには参りません。

 クライヴ様には別の相応しい御方が現れると思いますわ」


 クライヴは、ひどく悲しそうな顔をした。


 ちょっと心が痛むが、いつもの事だ。

 一カ月もすれば、また求婚しに来る。

 それがこのクライヴという男であった。


「キミ以上の女性がいるなら、ぜひ紹介してもらいたいものだな…」


 残念ながら、ぼくほどの魔力を持った人間はいない。

 少なくとも社交界では見た事がない。

 彼の理想を満たす相手がいない以上、ぼくは彼を傷つけ続ける事でしか、気持ちを伝える(すべ)がない。


 伝えてしまいたい。

 あなたが嫌いです、と。


 でも、そうするとマキアート家は、ハルシオン侯爵家に圧力をかけられるだろう。

 場合によっては一家離散、酷ければ御家取り潰し(マキアートがおわり)になる可能性すらある。

 クライヴはそれだけの力を持っている。

 怖い。


 無言の時間が流れる。

 ぼくは恐怖にかられ、彼と目線を合わせる事はできなかった。


 * * *


「ど、どう? どうなってるのよォ」


 その頃、部屋の外では、無粋にも聞き耳を立てる者が二人。


「お静かに…。今、クライヴ様が求婚されているところです…」

「んマッ…!」


 バートフとクランキーであった。

 彼らは来客対応ができる身分ではない。


 本来であれば、バートフならお茶を補充する為に入室する事はできるが、クライヴの侍従である近衛メイドが全てをこなしてしまっている。

 故に、中の状態が気になっても聞き耳を立てる事しか出来ない。


 必死に聞き耳を立てる姿は、いつものバートフからは想像もできないほど、俗物染みた姿であった。


「静かになりましたね…」

「いやン、返答に迷っているのかしらン」


「そうですね…。

 お嬢様はきっとお断りなされるはずです…。

 そのお言葉を一生懸命考えていらっしゃるのでしょう…」


「断っちゃうの? お相手は侯爵家でしょォ…」

「だからこそ、です…」


 玉の輿(たまのこし)なのに…と残念がるクランキー。

 苦虫を噛み潰したような顔で聞き耳をたてるバートフ。


 無言の時間は、彼らにも重い空気を与えていた。


 * * *


「どうしても、考えてはくれないんだね」


 話が始まって小一時間ほど経ったか。

 長い無言を経て、言葉を押し出すようにしてクライヴが言った。


「はい、申し訳ございません」


 ぼくに出来ることは、クライヴの機嫌を損ねすぎないようにする事だった。

 家に迷惑をかけず、クライヴに諦めてもらうには、この方法が最善なんだ。


「僕が嫌いなのかい?」

「いいえ」


 嘘です。嫌いです。苦手です。

 言い(よど)めば彼はきっと気付く。

 魔力に目がくらんでいるとしても、彼も貴族社会に揉まれている男だ。

 ぼくの嘘などすぐに見抜いてしまうだろう。


「また来てもいいかい?」

「もちろんです」


 やだな、嘘ばかりついてる。


「今度、花壇を作る予定なんです。

 秋の花を開花させるようにバートフに伝えてありますので、よろしければ見にいらしてください」


 少しは歓迎する理由を作っておかないと、いつかぼくの嘘がバレる。


 貴族の責任から逃げているのはわかってる。

 でも恋愛結婚に憧れる気持ちも、誰かにはわかってもらえるはずだ。

 両親や兄弟はわかってくれないけど。


 バートフも…多分ダメだな。

 彼もマキアート家に大恩のある身だ。


 いくらぼくに理解のあるバートフでも、最もマキアート家に相応しい相手であろう、ハルシオン家の長兄をないがしろにする事は、良しとしない。

 それどころか、今回の来訪をギリギリまで伝えてこなかった辺り、マキアート家の意向に沿うようクライヴを(すす)めてきているような気さえする。


 あれ、味方がいないや…。


 魔力なんてなければ、こんな思いをしなくて済んだのかな。

 恋愛結婚なんて、知らなければ良かった。


 でも、できれば憧れは捨てたくない。


「…そうだね、秋口には、必ず来るよ」


 いつの間にか泣きそうになっていたぼくを見咎(みとが)めたのか、クライヴが口を開いた。


「でも、きちんと考えていて欲しい。

 僕はキミを愛している。この8年、ずっとだ」


 一呼吸置いてから、クライヴが続ける。


「僕はキミの気持ちが、僕に向くまでずっと待っていたいと思っている。

 だけど、親が許してくれそうにない。

 キミがダメなら他の女にしろと、しつこくお見合いを(すす)めてくるんだ」


 それはそうだろう、通常貴族は幼少期から許嫁がいるものだ。

 クライヴ程の家柄になれば、いない方が珍しい。


 そう言えばクライヴは6歳頃に婚約を解消したとか聞いた事がある。

 理由はわからないけど、子供の考える事だしなぁ。

 きっと何となく嫌とか、そういう理由だったに違いない。


 仮に婚約を解消したり、許嫁がいなくとも、15歳には一人前と認められ、結婚して世帯を持つものだ。

 ぼくはともかく、侯爵家の長兄が19歳になっても相手がいないというのは、世間体が非常に悪い。


 これだけ断っているのだから、もう無理せず他の女性を(めと)ればいいと思う。

 どうしてそこまで魔力の大小にこだわるのか…。

 この世界は本当に理不尽だ。


「そうですか…クライヴ様も色んな方とお見合いをされた方がよろしいですわ。

 世の中には色々な方がいます。

 きっとクライヴ様のお眼鏡に(かな)う淑女が現れますわ」

「…ふぅ、これだけ言ってもキミの心は動かないんだね。

 もしかして、好きな人でもいるのかい?」


 突然何を言い出すのかと思えば、好きな人とは。

 そんな人がいれば、ぼくは引きこもってなどいない。


「いいえ、私に懸想(けそう)する方はいませんわ」

「じゃあ、僕にもチャンスがある、そう思っていいんだね」


 どうしてクライヴはここまで食い下がってくるのか。

 これほどの人物にここまで言われれば、普通なら多少なりとも心が動くのかもしれない。

 でも、ぼくは、しつこすぎる彼が嫌いだった。


「…ないとは言い切れませんわ」


 しまった、ちょっと高飛車すぎたかもしれない。

 クライヴの機嫌を損ねていないか、恐る恐る確認してみると…。


 彼は、()き物が落ちたかのような落ち着いた表情をしていた。


「それを聞いて安心したよ。

 …今日はこの辺で失礼しよう。時間をとらせて悪かったね」

「い、いいえ。へき地故、何のおもてなしもできず申し訳ございません」


「キミが元気でいてくれる事が、最高のもてなしだったよ」


 そう言うと、クライヴはにっこりと笑った。


 * * *


「ああ~~っ、疲れたぁ~~~」

「坊ちゃま、お疲れ様でした」


 クライヴ達が帰った後、身体を大の字にして投げ出す。


 あまりにだらしない姿を見たバートフが、苦笑しながら(ねぎら)いの言葉をかけてくれる。

 彼は味方だ。敵ではない。

 クライヴが関わった時だけ、ちょっぴり敵側かな。


 とにかく、今回もクライヴの機嫌を損ねる事はなかったようで、一安心した。


「んもォ、魔王ちゃんったら侯爵家の求婚をキックしちゃうなんて、豪胆(ごうたん)なんだからッ!」


 何も知らないオネエが勝手な事を言っている。


「イヤだよ。自分の相手は自分で見つけるから!」

「行き遅れてるんだから、早く見つけなさいヨ!」

「あんたはお母様かっ!」


 思わず魔力弾をぶつけてしまう。


「ああン! (しび)れるゥ!」


「…坊ちゃま、邸宅内で魔力弾はお止めください。

 クランキー様が受け止めてくださらなければ、邸宅に穴が開いてしまいます」


 ああ、そうだった。

 クランキーはぼくの魔力弾をかわせる実力があるのに、邸宅の中では常に受けてくれていた。

 これがオネエなりの気遣いであり、愛情表現である事を、ぼくは理解していた。


「…ごめん、クランキー」

「ンッンー、いいのよ魔王ちゃん。

 アタシも勝手な事を言い過ぎたワ」

「ううん、いつもありがとう」


 ぼくがお礼を言うと、クランキーはバチコーン☆と音が鳴りそうな激しいウインクをしてくれた。

 見慣れてきたとはいえ、この人、身体は男なんだよなぁ…。


「坊ちゃま、お昼はいかがいたしましょう」

「あんまり食欲ないな」

「魔王ちゃん、たまにはお外に食べにいきましょ! アタシのオススメのお店を紹介して、ア・ゲ・ル♪」


 確かに気分転換がしたい。

 ぼくはクランキーの提案に乗ることにした。

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