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そんな18話 「指輪」

 なんだ、アレは一体なんなんだ。


 最初は、ただのアクセサリーだと思っていた。

 だが彼女が苦しみ始めた、あの瞬間、ドクロの目は光を持ち、完全に笑っていた。

 同時に感じた魔力の流れ。


 懐かしい彼女の魔力が、ドクロの指輪に吸収されていた。

 そんな事象は見た事がない。

 アレは、何かとてつもなくおぞましい呪いのアイテムだ。


 僕は召使いを総動員し、情報を集めていた。


「クライヴ様、王立図書室をお調べになってはいかがでしょうか」


 執事のバッツが提案してくる。


「そうだな、早速許可を取得してくれ」

「かしこまりました」


 王立図書室は、王城内にある貴族専用の図書室だ。

 国の歴史に関するものから、秘匿文書(みせられないもの)まで保管されている為、召使いが入る事はできない。

 僕が自分の足で行かねばならない場所でも、彼女の為なら喜んで行こう。


 でも、と。

 自分の唇を指でなぞり、昨夜の感触を思い出す。


 ──僕は、卑怯者(ひきょうもの)だ。


 彼女の弱みに付け込むような真似をして、唇を奪った。

『キミにとっては、ノーカウント』だなんて、恥ずかしい言い訳までして。

 そうまでしても、彼女が欲しかった。その気持ちにウソはない。


 あの指輪が、きっと彼女に悪い影響を与えているのだろう。

 今の素直で大人しい彼女も、とても素敵だ。

 もうこのまま彼女を娶ってしまいたい。


 そうすれば、僕は幸せになれるだろうか。


 …いや、きっと後ろめたさが一生残るだろう。

 ハルシオン家の長兄として、正しくあらんとしていた僕が、こと一生をかけて大切にしたい人をだましたという事実が。


 彼女が『私、記憶喪失なんですか』と壊れそうな笑顔で聞いて来た時「僕が彼女を守らなければ」という、確かな庇護欲(ひごよく)をかき立てられた。

 今まで『イヤです』しか言われなかった僕が、彼女に救いを求められている。


 尽くそう。

 卑怯の代償として。

 僕は何でもやる。

 彼女の、リプリシスの為に。


 * * *


 数日後。


 僕は王城に来ていた。

 王城のある王都は、王城を中心とした円形都市になっている。

 ハルシオン家は、王城にほど近い中心地に屋敷を構えており、徒歩数分で王城に着く。


 なぜ王城に来ているかといえば、もちろん図書室利用の許可を得たからだ。


 重厚な鎧を身にまとった衛兵が道を開く。

 城門を越え、堀にかけられた跳ね橋を渡れば、練兵場が見えてくる。

 練兵場を通り抜ければ、今度は城の外周を回る階段が現れる。


 王城は、リングリンランドの拠点であり、最終防衛ラインでもある。

 ここまでは完全な要塞だ。

 …奴らはこの城を落とせると本当に思っているのか。


 城の外壁に沿って半周すれば、ようやく入口が見えてくる。

 さすがに、ここまでくれば僕の顔も知られたもので「クライヴ様、ごきげんよう」と声をかけられる。


 場内に入り、尖塔(せんとう)へと向かう。

 騎士の宿舎がある、この尖塔は、地下に厳重管理された書庫が隠されている。

 ここが目的の王立図書室だ。


「クライヴ=ハルシオンだ。許可は取ってある。確認してくれ」

「ハッ」


 司書に照合を頼み、扉を開けてもらう。

 明かりが入らない地下にある秘密の図書室内。

 室内は、わずかな光源で、ほの暗く照らされており、紙の匂いで充満していた。


「呪いのアイテムに関する文献(ぶんけん)はどこだ?」

「それならば、14のB、C辺りです」

「わかった」


 司書に目的の書物の場所を聞き、移動する。


「14のB…ここか」


 本棚は、七段に分かれていた。

 読書は苦手ではないが、さすがにこれだけの本から目的のものを見つけるのは、骨が折れそうだと覚悟する。


 『呪いのアイテム』

 『呪いに関する考察』

 『呪いと魔力の関係』

 『呪具』

 『呪い実験事例』


 …思った以上に本が多い。

 手近な一冊を手に取って見てみる。

 だいぶ古い本で、ところどころ痛んでいる本。


「呪いのアイテム…。

 改めて見るとこんなにあるのか。

 所持者を自害させる妖刀…? …暗殺用か」


 1ページずつ見ていくが、あのドクロの指輪は載っていない。


「次の本か…」


 一冊を見終わり、次の本に手を伸ばす。

 ドクロを探しながらページをめくっていると、解決したはずの疑問が再度湧いてきた。


 あの指輪の呪いを解いてしまったら、彼女は元に戻ってしまうだろう。

 本当にそれでいいのか、と。


 …いや、戻る方がいいのだ。

 今の彼女は、リプリシスであって、リプリシスではない。


 その結果、僕はまた邪険に扱われるかもしれない。

 …それは、嫌だ。


 でも僕は卑怯な事をした。

 その責任は、とらなければならない。

 ハルシオン家の長兄として。

 一人の男として。


 彼女は屋敷に残してきたが、また無茶をしていないだろうか。

 僕から逃げようとする辺りは、昔の彼女そっくりだ。

 記憶を失っているとは思えないぐらいに。


 だが、あの夜…。彼女は僕を受け入れた。


 心変わりしたのかもしれない。

 そうであったなら、僕にとっては、願ったりかなったりのハッピーエンドだ。


 いや、希望的観測はやめよう。

 世の中そんなに都合の良い事は起きない。


 カプチーノ家での監禁は、僕の想像を絶するものだったのだろう。

 大好きなはずの彼女を抱きとめた僕が、あの臭いに思わず顔をしかめてしまう程に。


 今朝の食事時もそうだ。

 痛々しいアザが残っているのに、意にも介していない。

 努めて明るく振舞おうとしている。

 一体どんな苦痛を味わってきたというのか。


 彼女のやせ細った身体は、どこかの浮浪児だと言われても違和感がない。

 美しかった黒いショートヘアーは、つやを失ってくすみ、乱雑に短く切られていた。

 あれは職人の業ではない、彼女の髪は何者かに切られたのだ。


 その何者かは、カプチーノ家の令嬢だろう。


 カプチーノ公爵家の裏切りは明白になっている。

 恐らくは、リプリシスが僕とコンタクトを取るのを、阻止しようとしたのだろう。

 …しかし、この説には気になる点がある。


 まず、エグザスは公式の方法で訪問してきたという事。

 彼は年若いが、相当な切れ者だという周囲の評判通り、僕自身も彼の権謀術数を高く評価している。


 そんな彼が、危険をおかしてまで、公式訪問をするだろうか。

 現にリプリシスは、公式訪問の手続きを踏んでいたにも関わらず、誘拐されるに至った。

 僕が彼の立場なら、安全を確認できない限り、公式訪問はしない。


 つまり彼は、カプチーノ家が裏切者である事を知りながら、表立って危険にあう事はないと考え、公式訪問を行ったのではないか。


 結果として、エグザスの訪問はつつがなく終了し、記録的にはリプリシスの近況を聞くにとどまっている。

 実際は、裏切者の情報をリストアップした文書をこっそりと渡してくれたのだが。


 カプチーノ家が裏切者であるという情報は、証拠のない"ただの情報"だ。

 そんな情報を聡く察知したカプチーノ家が、なぜリプリシスだけ誘拐し、エグザスは見逃したのか、疑問に残る。


 考えれば考える程、不可思議で、ずさんな誘拐計画。

 探せば他にもアラがあり、どうにも腑に落ちない説だ。


 だが、カプチーノ家が大恩ある王家を裏切った首謀者であり、リプリシスを監禁した上、乱暴を働いた事は間違いない。

 国賊、カプチーノ家を僕は許せない。


 しかし、彼女は言った。

「お嬢様はとてもよくしてくれた」と。


 信じられなかった。

 あんな目に遭ってなお、彼女は相手を許そうというのか。


 彼女が、何を言い含められているのか知らないが、本当に許しているのなら、もはや聖女の領域だ。

 僕の知る彼女は、そこまで泰然自若で海闊天空な人物ではない。


 とにかく、僕にできる事は彼女を救う事だ。

 何をもって"救う"のか、定義は難しいが、まずはあの指輪をどうにかする事だ。


 指輪を外そうとすると、彼女は酷く嫌がった。

 最初は不思議だったが、こうして本で調べてみると、呪いのアイテムは、装着者に危険を及ぼすものも多いようだ。

 彼女の指輪にも、似たような危険があるのかもしれない。


 …よくよく思い出してみれば、あの指輪は左手の薬指にハマっているじゃないか。

 本来であれば婚姻の証である指輪がおさまるべきところに、あんな呪いの指輪をつけるなんて…。


 そうしてカプチーノ家は、彼女の心を砕き、記憶喪失にさせたのか。

 やはり、とんでもなく性格の悪い令嬢のようだ。許すわけにはいかない。


「ん…」


 もう何冊目だろうか。

 最初はじっくりと見ていたが、指輪の形をしていないものは流し読みするようになって久しい。

 途中、見た事のあるドクロが見えたと思い、ページを戻してみる。


「あった…」


 これだ。

 憎いドクロの絵が描かれている。


 項目名は"死神の指輪"。

 不要な情報を省いて、まとめるとこうだ。


・所持者の魔力を吸収して効力を発揮する。

・一度身に着けると指輪から魔手が血管を通して心臓まで到着し、延々と魔力を吸い続ける。

・着用者には死神の知識が与えられ、少しずつ精神をむしばまれていく。

・特A級の呪いアイテムであり、解呪方法はなし。

・魔力がなくなるか、装着者の心臓が止まるまで外せない。無理に外そうとすると魔手が心臓を食い破り、着用者の命を奪う。


「ふざけるな!!」


 僕は重要文化財である本を、思わず床に叩きつけた。

 司書が慌てて室内に入ってくる音が聞こえる。


 解呪方法が、ない。


 どんな人間にも大なり小なり魔力は存在する。

 もし魔力がなくなれば、人は、人としての形を保てなくなると言われている。


 彼女は莫大な魔力を持っているので、普通の人よりも生き長らえるだろう。

 だがそれも無尽蔵ではないはずだ、いつかは尽きる。


 心臓が止まれば、もちろん人の命は尽きる。論外だ。


 まさか、調べた結果が、どうにもならないという内容だなんて──。


「クライヴ様、いかがなさいましたか」


 司書が本を拾い上げながら声をかけてくる。


「死神の指輪だ…!」


 僕は激情に任せて、司書にやり場のない怒りをぶつけた。

 始めは面食らっていた司書だが、次第に僕の話をしっかりと受け止めてくれた。

 一通り言い終わり、落ち着いてくると、罪悪感にさいなまれる。


 何をやっているんだ、僕は…。


「……すまない、取り乱した」

「いいえ」


 返事をしながらも、司書は死神の指輪のページを見ている。

 そうだ、司書なら何かを知っているかもしれない。


「死神の指輪について、何か知らないか…?」

「…残念ながら、私の知る事は、ここに書いてある内容と同じです」

「そうか」


 そう上手い話はないか。


 だが、情報は得た。

 ヒントも得た。


 仲間を頼ればいいんだ。

 世界中を旅していたレオニードとローウェル。

 彼らにも相談してみよう。


「クライヴ様」


 司書が別の本を取り出しながら言った。


「この、呪い実験事例という本をご覧ください」


 開かれたあるページ。

 そこには、死神の指輪に酷似した事例が載っていた。


「…これは!」

「はい、明記されていませんが、恐らく(くだん)の指輪と同じ事例かと」


 凄いぞ、さすがは王都の司書。


「ここには実際の症状と、解呪に失敗した事例が載っております。

 何らかの一助になれば幸いです」

「十分だ、ありがとう」


 司書は礼をして去っていったが、僕は食い入るようにその本を見ていた。

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