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そんな15話 「脱出」

 はっ、と目が覚める。


 見慣れた暗い倉庫。

 倉庫に充満する下世話な臭い。


 夢か、今のは夢。


 それにしても、はっきり耳に残っている彼の声。


 『キミが道を踏み外したなら、僕が救う』


 その言葉を反すうしていると、心が温かくなった。


 忘れていた温かい気持ち。

 そうか、私は、助けを求めているのか。


 当たり前の事を、当たり前だと気付くのは、当たり前が当たり前ではなくなった時だと聞く。

 忘れていた、当たり前。


 身体の痛みは引いていた。

 アザは残っているかもしれないが、この暗がりではそこまで確認できない。


 ──そうだ、逃げる方法を考えないと。


 思考に入ろうとした時、扉の外に気配を感じた。

 同時に漏れてくる明かり。

 静かな気配。


 お嬢様でも、メイドさんでもない。

 知らない気配だ。


 では、一体誰が。


 とうとうお嬢様が、一線を超えた命令を下したのか。

 となれば、館の関係者は全員が敵だ。


 私は壁に張り付き、扉が開くのを待った。

 このまま開かれないならそれで良し、開かれるなら…。

 間違いなく、敵だ。

 不意を打てば逃げられるはず。


 …気配は動かない。

 こちらを警戒しているのだろうか。


 気配を消すなんて器用なマネはできないが、それでも見つからないように息を殺し、動かない事に徹した。


 扉の外から、ぼそぼそと息づかいが聞こえる。

 …話してる?

 相手は一人じゃないのかもしれない。


 最悪のパターンを考えれば、複数人の相手である可能性は高い。

 ほとんど誰もこないはずの地下。

 昨日のお嬢様のことを考えると、やはり自分以外の誰かに私を任せた可能性が高い。

 直接的な暴力ではなく、さらに尊厳を踏みにじられ、命を奪われるかもしれない。


 扉に手がかけられた。


 …開ける気だ。


 どうしよう。

 このまま息を殺していれば、見つからずに済むかもしれない。

 思い切って飛び出せば、逃げられるかもしれない。

 でも、取り返しのつかない事になるかもしれない。


 私の葛藤(かっとう)をよそに、静かに扉が開いた。


 恐る恐る、倉庫に入ってくる人影。

 歩き方に品があり、身なりの良さそうな人物に見える。

 ぼんやりとカンテラに照らされた顔から察するに、男性のようだ。

 大方、探検がてらやってきた館の客人か、お嬢様に何らかの口添えをされた下賤(げせん)の者だろう。


 ──どちらにしても、敵…!


 遠慮する事はない。

 不意を突いて、一気に倒そう。


 男が扉から完全に姿を現した時が、勝負。


 あと少し。


 扉から手を離した。


 男が一歩前に出る。


 ──今だ!


 決意と共に飛び出した私の足は、男の一歩手前で(もつ)れてしまう。


 ──あっ…!


 つんのめった私を、男は驚きながらもカンテラを持っていない手で受け止める。


「んっ!?」


 突然、男が驚いたような声を出した。

 そうか、私の臭いか。


 まだ、今なら挽回できる!

 そうだ! カンテラを奪って、倉庫に火を放ってしまえば!


「リプリシス…?」

「えっ」


 久しく聞いていなかった単語。

 それは間違いなく私の名前だった。


 思わず手を止めた私を、男はぎゅっと抱きしめる。


 ──しまった、動きを封じられた!


「なんて…、なんてことだ」


 男が震えている。

 抱きしめられているが、決して苦しくはない。


 ──あれ、優しい…? 敵じゃ、ない?


「ヘッ、旦那。感動の再会は後にして、早く逃げようぜッ」


 扉の外には、もう一人の男がいる。


 やっぱりもう一人いたのか。

 でも気配が全然わからなかった。


「ああ。

 行こう、リプリシス。静かにね」


 優しい声。聞いたことのある声。

 私は彼に連れられ、館を出た。


 やっぱり見た事がない場所だった。

 広い庭、閑静な住宅地。

 時刻は夜だった。


「こっちだ」


 気配のしない男の案内で、館の敷地内から脱出する。


 * * *


 とある屋敷の一室。

 この屋敷の事は知っている。

 ハルシオン家だ。


 なぜハルシオン家が、私を助けてくれるのだろう。


 言われるがまま湯あみをし、用意された服を着込んだ私は、このまま逃げ出すかどうか迷っていた。


 このまま彼らの部屋に行けば、なし崩し的に襲われるのかもしれない。

 彼らは男だ。女と見れば誰でもいいと思っているアブナイ生き物だ。

 …しかし、あの地獄から救われた恩を考えれば、それも悪くはないかも…。


 ないない、そんな初体験はイヤです。

 それなりに端正な顔立ちの男性達ではあるけど、見ず知らずの男性を受け入れるほど、私は安くないつもり。


 しかも、もしこれがお嬢様の口添えだった場合。

 やることをやって捨てられ、すぐに地獄に戻されるんじゃないか。


 …でも、お嬢様の口添えなら、わざわざ隠れるように館を脱出しなくとも、正面玄関から堂々と出ればいいのではないか。

 ということは、やっぱり助けにきてくれた人達だ!


 …待った、短絡的に考えちゃいけない。

 今なら、逃げられる絶好の機会だということを忘れちゃいけない。


 例えば、お嬢様の口利きがあるにも関わらず、人目を忍んで脱出しなければならない可能性について考えてみよう。

 それは、私がリプリシスという存在であるからじゃないかな。

 人に見られては困る存在。


 でも、私は特別な存在じゃない。

 ただの小汚い娘のはず…。


 いや、違う。

 違うわ。


 私は"マキアート家の娘"だ。

 なんで忘れてたんだろう。


 大っぴらに私を譲渡する事ができなかったお嬢様は、誘拐の真似をして私をさらわせた。

 これだわ、これが最もしっくりくる。


 私がマキアート家の娘で「無理やり監禁されてました」「こんな酷い事をされました」と告発すれば困る人物がいるはず。

 …いるとすれば二人。


 お嬢様と、ハルシオン家だ。


 残念ながら、お嬢様がどこの令嬢なのかは知らないし、見たこともない。

 しかし、ハルシオン家が関わっている事はハッキリしている。

 お嬢様は…もしかしたらハルシオン家ゆかりの人物?


 だとすれば、やっぱり黒幕はハルシオン家じゃないか。


 危なくだまされるところだった。

 気を付けよう、優しい言葉と甘い罠ってね。


 やけに頭がさえ、理路整然とした理由が浮かぶ。

 驚くほど完璧な名推理に、私は若干興奮しながら脱出を決意した。


 ──決めた、ここから逃げよう。


 まずは、湯あみからずっとついてきているメイド二人を置いてきた。

 キーワードは、トイレに行く、道はわかる、ここに戻ってくる、だ。


 彼らが待っていると言った部屋は、ここから左の通路を進んだところにある。

 鉢合わせしない為に、右側の通路を進む。

 記憶を頼りに、ハルシオン家の地図を思い出す。


 ──確か、そう、この先に小さな塔があったはず。


 中庭に出たところで、小さな塔を発見する。


 ──この塔を登り切れば、屋敷を囲む壁に飛び移れるはず…。


 塔を登り、頂上が見えたところで、激しく息切れした。

 そんなに高い塔ではないが、弱った身体には、あまりにきつい運動だった。


 それでも何とか頂上についたところで──。


「何してんだぁ、こんなところで」


 壮年の男が待ち構えていた。


 終わった、と思った。


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