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そんな11話 「急転」

 馬車は走っている。

 しかし、王都へは向かっていない。


 ぼくは猿ぐつわを噛まされ、両手足を縛られていた。

 横にいたはずのクランキーはいない。

 どこかで降ろされたのだろうか。


 バートフは冷たい目線でナイフの手入れをしていた。


 ぼくが目覚めていることを彼は知っている。

 しかし、気付かない振りをしている。


 バートフは信頼できる人物だ。

 この程度の勝手な行動で、信頼は揺るがない。


 でも本当に味方なのだろうか。

 彼が敵に回ったことはなかっただろうか。


 …あった。


 少しだけ敵側だった事があった。


 それはハルシオン家が関係する場合だ。


 今回もハルシオン家に向かおうとしていたところだ。

 一体、彼は何を知っていて、何を考えているのだろうか。

 なぜこんな事をするのか。

 早くクライヴに相談しなければ、戦争が始まってしまう。


 もぞもぞと動いて、目覚めているアピールをする。


 だがやはりバートフは、ちらりともこちらを見ない。

 見た事もない冷たい目線を手元のナイフに向けているだけだ。


 声を出すのは、はばかられた。

 猿ぐつわは苦しいが、もしバートフが味方だった場合。

 何らかの意図があって、ぼくが声を出せないようにしているはずだから。


 ううん、もし、じゃない。

 バートフは味方だ。

 信じる気持ちが大切だ。


 …じゃあ、なぜクランキーはいないの?


 一度湧いた疑念は決して解ける事はなく、ぼくは悶々としたまま、馬車に揺られていた。


 * * *


 いつの間にか夜になり、雨が降り出していた。

 やがて馬車は、くたびれた古い教会の前で止まる。


 御者に金銭を渡して帰らせたバートフがぼくを抱きかかえ、教会に入った。


 教会は古くはあったが、雨漏りはなく、雨を(しの)ぐには最適。

 ただ、ずいぶん昔に打ち捨てられたもののようで、中は真っ暗だった。

 雨の打ち付ける音だけが教会中に響いて、不安がつのり、恐怖を覚えた。


 聖母の描かれたステンドグラスだけは、美しいままでその姿を残しており、鳴り響く雷鳴に合わせてその存在をアピールしている。


 ぼくは縛られたまま信徒席に転がされ、バートフはその隣に座った。

 近くには、野良猫と(おぼ)しき猫が身を寄せ合っていた。


「んーんん…」


 バートフに声をかけてみるが、彼は決してこちらを見ない。

 冷たい目線のまま、懐から別のナイフを取り出して、磨き始めた。


 どうしよう、このままじゃ何の目的も果たせない。

 バートフには悪いけど、脱出しなきゃ。


 しかし手足を連結するように結ばれ、猿ぐつわを噛まされた状態では、魔力弾はもちろん、どんな魔法も詠唱できなかった。


 さすがバートフ。

 魔法の弱点を知り尽くしている。


 次第に体が冷え始め、浅い眠りがぼくを誘い始めた。


 このままここにいたって、何も解決しない。

 戦争が始まってしまう。


 クランキーはどこ?

 クライヴはぼくが来ないのを気にしてくれてるかな。

 エグザスは上手くやってくれてるかな。

 バートフは…なんでこんな事をしてるのかな…。


 雨の中、異音がした。

 規則正しく鳴る異音。


 バートフがナイフを構え、立ち上がる。

 異音の正体は、足音だとわかった。


 …敵?


 足音は教会の中に入ってきた。

 金属が揺れるような、ずいぶん重量のありそうな音がする。

 誰だろう…。


「よう」


 どこかで聞いた声。

 ぼくに向けて放たれた声ではない、どこか渋みのある声が聞こえた…。


 * * *


 俺は傭兵のレオニード。

 金の為ならどんな汚い仕事も引き受ける。


 今度は隣国と戦争だってんで、稼ぎ時だとこの国、リングリンランドに入国したわけだ。


 どうやら今回は本気で隣国を(つぶ)す気みてえだ。

 あっちこっちから、きなくせえ連中を集めてやがる。


 だが、こうまで傭兵だらけだと、逆に心配になってくる事がある。


 裏切りだ。


 傭兵の中には、隣国の方が条件がよければ、何くわぬ顔でこっちに入り込んで、いざ戦闘となったら後ろからバッサリって連中も少なくない。

 元々の総戦力ではリングリンランド側が優勢だってのに、なんでそんな危ない橋を渡ろうとするのか。


 確実に隣国を潰す為?


 いいや、違う。


 確実にリングリンランドを潰す為だと見たね。


 一体どれだけの傭兵が隣国に寝返っているかわかったもんじゃない。

 まさかリングリンランドの貴族ともあろう者が、出自不明の戦士を扱う危険性を知らねえわけじゃねえはずだ。


 さて、どっちに付くべきかね…と悩んでいたある時、カプチーノ公爵家からのお呼びがかかった。

 こういう時、ドラゴンキラーの名声は便利だねえ。

 他の有象無象(うぞうむぞう)より有利な条件で、より有利な仕事を貰える。


 傭兵ってな、信用第一だ。

 一度雇われたからには、雇い主をおいそれと変えるわけには、いかねえ。

 例え、それがどんなに不利な条件でもな。


 カプチーノ公爵家からの仕事内容は、さすがに"くせえ"内容だった。

 行方不明になった貴族の令嬢を探せ、という。


 どんな裏があるかわかったもんじゃねえ。

 だが、報酬は前払いでくれるっつうし、やらない理由はねえんだけどよ。


 情報屋を通して探させたら、すぐに見つかった。

 マキアート家っつう貴族の使った馬車が、町はずれに向かったって話だ。


 町はずれに向かってみたら、古ぼけた教会が見えてきた。

 コイツはドンピシャだぜ。

 まだ相当遠くなんだが、中の奴は、既にこちらの気配に気づいてやがる。

 かなりの手練れがいると見たぜ。


 俺は身長ほどもある愛剣を片手に教会に入る。

 すると、見覚えのある人物が立ちふさがった。


「よう」


 とりあえず声をかけてみる。

 あー、どこで見たっけかなあ。


「こんなところで、何してんだ。あぁ?」


 言葉を続け、思い出そうと試みる。

 少なくともやり合ったことはねえ人物だ。


「…あなたが相手とは、分が悪いですね」

「そう思うんなら、さっさとどいた方がいいぜ」

「お断りします」


 言うや否や突っ込んできやがった。

 おいおい、容赦なしかよ。


 カウンター気味に振り下ろした俺の剣は、小さなナイフで器用に受け流された。

 ならば、と手なりで剣を振ってみりゃあ、それは受け流さずに弾いてきやがる。

 的確に本命打とフェイントを見切ってくる相手だ。

 やっぱ、相当な手練れだぜ。


「さすが、並の相手じゃねぇな」

「…お褒めに預かり、恐悦至極」


 全然嬉しそうじゃねえな。

 顔とセリフが合ってねえぜ?


 一瞬のタイミングで、奴が全力で跳躍するのが"見えた"。

 数瞬遅れて、床を蹴る音が聞こえる。


「だがよ」


 焦ったのか?

 見え見えなんだよ!


 俺の愛剣が、野郎のナイフを砕いた。


「俺のこと、舐めすぎなんじゃねえかぁっ!」


 カウンターの蹴りが綺麗に決まり、野郎がうずくまる。

 

「けっ」


 なんだよ、もう終わりかよ。

 興が乗ってきたところだったのに、つまんねえ奴だ。


 フラストレーションを解放するように、(うめ)いている野郎にもう一発蹴りをお見舞いしておいた。


 さて、見張りがいるってこたあ、恐らくここにいるはずだ。


 座席をひとつひとつ確認する。

 一番奥で目標を発見した。


「んだぁ? こんな嬢ちゃんかよ」


 黒いショートヘア、少し眠そうなひとえの瞳。

 猿ぐつわを噛まされ、両手足を連結された結び方だ。

 こいつはひでぇ。


 だが、外さない。

 外したら外したで、こいつはうるさそうなタイプだ。

 このまま持っていくか。


 よっと。

 片手で持ち上げてみたが、意外と静かだ。

 そのまま外へと連れ出す。


「んーんん!」


 入口付近で突然嬢ちゃんが騒ぎ出した。

 んだよ、いい子にしてりゃいいものを。


「おいおい暴れんなって、ったく、しょうがねえな」

「んっ!!」


 軽い手刀で気絶させ、このまま(かつ)いで運ぶ事にした。 

 外は雷雨が降り続いていた。


 やれやれ、さっきより酷くなってやがる。

 神様に祝福されてねえのかね…。


1章 出会編 - 完 -


次章 受難編

4月8日頃更新。

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