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そんな1話 「モテモテだけど!」

 まばゆいばかりに光を照り返す湖。

 湖は静かに凪いでおり、時たま鳥が波紋を作りに降り立つ。

 その一種幻想的な湖畔の邸宅に住まう、貴族の女性。


 人は彼女を『魔王』と呼んだ…。


 * * *


 彼女は生まれながらにして、人一倍魔力に優れていた。

 日々、膨れ上がる魔力。

 その魔力の深淵を象徴するかのような深い黒髪をショートに整えている。


 器量は決してよくはない。かといって、引くほど酷くもない。

 少し眠そうな一重のまぶたは、人によっては支配欲をかき立てられるだろう。

 愛嬌のあるぽっちゃりとした顔は、運動不足になりがちな貴族令嬢としては珍しくもない。


 端的に言って、彼女は普通である。


 そんな彼女…。

 リプリシス=マキアートは、上級貴族マキアート家の令嬢である。

 上級貴族とは、爵位こそないものの、貴族としてはそれなりの地位を持つ家柄である。


 彼ら貴族は、その権力を盤石なものとする為、人間にとって特に珍しい才能である"魔力"を重んじていた。

 魔力の高い者同士の婚姻は、貴族の義務であり目標とされているのである。


 となれば当然、賢明な諸兄姉(しょけいし)の方々には、簡単に想像できるであろう事実。


 普通の見た目をした彼女には、普通ではない数の求婚者が日々訪れていたのである。

 特に激しい求愛を受けていたのは15歳の誕生パーティーの日。


 貴族にとって社交界の日というのは、他貴族との縁を育み、家の権力を示す、けん制の機会として使われていた。

 無論、魔力の高い女性を(めと)る事もその目的のひとつとして…。


「オ~、マドモアゼル! どうか私の愛を受け入れておくれ」

「イヤです!」


 強烈な否定の言葉と共に、彼女の手から魔力の塊が放たれ、なよなよしい貴族が軽快に吹き飛んでいく。


 普通、こんな状況を見れば、怖がるか近寄らないかであろうが…。

 会場にいた貴族の男達は、より目の色を変えて彼女に迫っていく。


「リプリシス嬢、どうか私と共に生涯の愛を!」

「お断りします!」


 再び、彼女の手から放たれる魔力の塊。

 吹き飛ばされる貴族。


 社交界の度に、何度となく繰り返されるその光景は、もはや風物詩であり、皆が苦笑していた。


「ははは、マキアート殿のご令嬢は魔力が有り余っておられるな」

「いや、お恥ずかしい。あんなおてんばでよければ、誰かもらってやってください」


 会場の隅では、彼女の親達がそんな会話を繰り広げている。


 彼女…リプリシスは、そのあふれんばかりの魔力を、文字通り手からあふれさせる事で、純粋な魔力の塊を放つ事が出来た。


 目に見えるほどの魔力の塊、魔力弾。

 彼女の得意技であった。


 このような目に見えるほどの魔力を放てる人間は、歴史上でも珍しい。

 探せばいなくはないが、大賢者や大魔法使いといった、俗世を離れ、半ば伝説と化した人物が該当する。

 魔力を第一とする貴族にとって、その無尽蔵の魔力は歓迎されども、畏怖の対象とはなり得なかったのである。


 本来ならば、決して手の届かない相手。

 それが目の前にいるのであれば、アプローチしないだけ損というもの。

 買わない宝くじは当たらないのである。


 故に、爵位(しゃくい)持ちはもちろん、下級貴族に至るまで、パーティー会場に集う多くの男性陣がリプリシスに詰め寄っていた。


「素晴らしい魔力だ! ぜひ私とお付き合いを!」

「いいや、私と結婚すれば幸せになれる!」

「いや、私だ!」

「私だ!」


 一人の女性を取り合う男達。

 本来なら(うらや)むべきシチュエーションだが、彼女は心底嫌になっていた。


「イ~ヤ~で~す~~~!!」

「あ~~れ~~!」


 どれだけ魔力弾を放っても、彼女は息一つ切らさない。

 詠唱すら必要とせず最速で放たれる魔法は、常軌を逸していた。


(はぁ…。みんな魔力魔力って、そればっかり)


「やあ、リプリシス。今日も激しいね」


 そんな悩みを持つ彼女に近づく一人の男性。


 年の頃は16、侯爵家の長男と抜群の家柄を持ち、金髪碧眼(きんぱつへきがん)の好青年。

 明るく社交的で、学業、剣術、魔法、全て優秀。


 まさに完璧な青年。

 そんな彼にも、ただひとつだけ悩みがある。


「げっ!」


 彼は、リプリシスに毛嫌いされていた。


「酷いご挨拶じゃないか。

 誕生日おめでとう」


 好青年は苦笑すると、リプリシスの手に口づけをする。


「あ、ありがトゥー、ございますデスワ」


 彼女はあからさまに顔をしかめ、ひくついた笑顔で、怪しい返事を返すリプリシス。


「キミの心が決まるまで、僕は待っているよ」


 彼は挨拶もそこそこに、魔力弾を放たれる前にリプリシスの前から立ち去った。

 長い付き合いがなせる、完璧なタイミングでの離脱であった。


(あぁ…もうヤダ)


 この日を境に、彼女は社交界に姿を見せなくなった。

 湖畔にある別宅に引きこもったのだ。


 そんな彼女を見て面白くないのは、彼女を目の上のタンコブとする者達である。


「マキアートめ、トンビがタカを生んだと調子に乗りおって…」

「あの女…お高くとまって、ゼッタイに許せませんわ…」


 特に貴族の子女からの評判は絶大に悪く、いつの間にか敵を作っている事がしばしばあった。

 心無い噂が尾ひれ背びれをつけて流れ、次第に彼女の評判は落ちていく。


 そんな評判を、彼女は甘んじて受け止めていた。

 一切を気に留める様子がないと言っても過言ではない。


 魔力での直接対決となれば、どんな相手にも負けない自信があった。

 周りも彼女の魔力の高さを知っている為、直接的な危害を加える事は出来ず、悪評を流布するに留まった。


 結果、彼女の元に訪れる求婚者は、極端に減る事となる。

 しかしどんな噂が流れようと、興味が湧かない求婚が減るのは、彼女にとって、むしろ歓迎すべき事案ですらあった。


 この頃、最強の引きこもりとなっていたリプリシスは、魔力しか見ない男性に、一切の興味を示さず「欲しいならあげたい、勝手に持っていって」という気持ちでいっぱいであった。


 あるいは彼女の目に留まる男がいたのであれば、ここまで酷くなることはなかったかもしれない。


(だいたい、私は恋愛結婚をするんだから──)


 恋に恋する乙女。

 だがしかし、未だ恋を知らぬ彼女。


 有力貴族からの求婚を断り続けた彼女は、いつの間にか並べ立てられた悪評がひとり歩きし、湖畔から世界征服を狙う"魔力の王"…。

 すなわち『魔王』とあだ名されるようになっていた。


 * * *


 リプリシスが魔王と呼ばれるようになってから2年。

 貴族の求婚から逃れる為、外出時には男装していた彼女は、その正体を知られることなく自由を謳歌していたのである。

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