最終話
「またはぐらかされたのかしら」
不平を言いながらも私は祈祷部屋の掃除を始めていた。祈祷部屋は明かりをつけると思ったよりも広い。八畳くらいはあるだろうか。ただ暗いとどうしても狭く感じてしまう。闇に圧迫されるのだ。
「それにしてもこの部屋にこんなガラクタが必要なんだろうか?」
私は部屋を見渡す。どこかの部族がつけるような面がある。夜中に髪が伸びてきそうな印象を与える日本人形がある。人知れず動いていそうなクリーチャーのフィギュアがある。夜中にピアノを弾いていそうなベートーベンの肖像画がある。あのまずいお茶に混ぜられていそうなマムシ酒の瓶がある。その他にもアポロンの胸像、幽霊が描かれた掛け軸、中国の王朝の壺、古い木製の古時計など統一感がゼロのガラクタが部屋の壁を覆うように置かれていた。そしてその中央に古く汚い円卓と椅子があった。ただこのうちの殆どが明かりを消すと自らの存在を否定するように目立たなくなる。
「要するに先生は悪趣味な子供なんだ」
私はそう呟いた。そして部屋の端っこに置かれているロッカーの中からモップとチリトリを取り出す。そしていざ始めようかと思ったとき、私は円卓の上に紙切れが置かれているのに気付いた。私はそれを光明がペテンに使った小道具だと思った。しかし、それは私にとって予想外のものだった。
「書置きだ。女の人の文字・・・」
私はそれを声に出さずに読む。そこには次のような文章が書かれていた。
榊光明先生へ
私はこれでも先生には大変、感謝しています。
除霊の後、鏡を見て初めて私が大変な勘違いをしていたことに気付きました。この酷い顔の女が本当の私なんだと思い知りました。しかし、何故か気分はとてもいいのです。私の肩から何か重たいものが落ちて軽くなった気がします。
恐らく私は自分をずっと欺いていたのでしょう。あの霊は綺麗に着飾った自分だったのかもしれません。それをずっと私の本当の心は排除しようとしていたのかもしれません。だから、自分に悪いものが憑いているのだと思ったのです。
先生、私はもう着飾ることは辞めにします。これからは本当の自分。前の自分に戻りたいと思います。
本当にありがとう、先生。
「あの人わざわざこの手紙を置きに戻ったのかしら・・・・」
私はそう呟くと、ふと周囲を見渡した。私は彼女の除霊のときにずっとカーテン越しから除霊の光景を盗み見ていた。あの美しき被害者が一体、どのような悪霊に憑かれたのか気になったこともあるが、光明がどのような解決法を行うかも気になったのだ。そのときまでは私にはまだ僅かながら光明に対してある種の救いを求めていたのかもしれない。それが自分の心の中にある不安を解決する鍵になるかもしれないと願っていたのかもしれない。しかし、それははからずも裏切られたような結果になった。だが、私はもう一度松宮麗那の書置きに目をやった。松宮麗那は本当に光明のやり方全てを理解したのだろうか?私は書置きにどこか先程の私と光明のやり取りに重なったような気がした。
「まさか?」
私は事務所に通じる扉に向かって駆け出した。そして扉に耳を当てる。光明の鼻歌が聞こえた。また鼻歌交じりにお金の勘定でもしているのだろうか?しかし、これでハッキリとした。この部屋から確かに事務所での会話は聞こえるのだ。それは先程の光明との会話が聞かれていた可能性が高いということを証明していた。
「麗那さんは聞いていたんだ。私と先生の会話を・・・・」
それが偶然なのかどうかは分からない。しかし、光明の計算高い性格から察するとそれを見越しての会話だったのかもしれない。全ては松宮麗那に除霊の真実を盗み聞かせて真相を明らかにするという企みに基づいた用意周到な罠。私は予想外の展開に呆然と立ち尽くした。そして何故か涙を流した。不思議に怒りは感じなかった。騙されたのは確かだが、どこか心のシコリが取れたような気がした。そして私はある確信を抱いた。
「やっぱり霊はいるんだ。彼女に霊は取り憑いていたんだ。だからあの人にはこの方法が一番良かったんだ」
私は光明がやった除霊を初めて理解できたような気がした。