第五話
「でも・・・・、それで悪霊がついたと思うのは飛躍しすぎているんじゃないでしょうか?」
「確かにそこから霊とは結びつかない。しかし、彼女が今までに何軒もカウンセラーを通っていたとしたらどうだ?」
「カウンセラーにかかっていたんですか?」
「ああ、それでも駄目だったからここに来たんだ。ちなみに彼女は僕の知り合いのカウンセラーから薦められてきたんだ。この履歴書もそのとき書いたものだ」
私は唖然とした表情で光明を見る。
「じゃあ、先生。最初からそのカウンセラーから聞いて、知っていたんじゃないですか?」
「彼女は僕のところに来るまでに一度も事実を語ろうとはしなかったよ。僕の前に行ったカウンセラーでも同じように経歴を偽っていたそうだ。本来、カウンセラーと言うものは信頼があって初めて成り立つ。それなのに彼女が何も真実を語らなければ治療も何もないだろう。彼女は全身整形のことすら伏せていたんだ。そしてただ自分が誰かに汚されていくような気がするとだけ言った。その言い方がまるで第三者によるものらしいから、カウンセラーの方で上手く彼女を言いくるめて僕の方に回したんだ」
そこまで言って光明は机の上のコーヒーに口をつける。ただ、長話が続いた後なのでコーヒーは冷めていたらしく、すぐに嫌な顔をして机に戻した。
「でも先生。ここに男の話なんて出てきていませんが。話に出たのは最初に振られた男だけですよ。その人って死んでいるんですか?」
「君もバカだな。そんなの誰だっていいんだ。死んでいるのか、死んでいないのかも関係ない。ただ男だと言えば辻褄合わせが楽だったからだ」
「辻褄?」
「そう。この場合、彼女は汚されたと思うのだから、男の方がいいだろう?彼女に特定の男性は思い浮かべることは出来なくてもああいう職業をしている以上、男の性欲のハケ口になっているのは分かっているのだからね」
「そういうことなんですか。でも、それならやっぱり詐欺じゃないですか」
「違うだろ。彼女にとっては、そういう不安感やストレスは漠然とした形のないものだった。それに僕は形を与えただけなんだから。ただこの肉付けには彼女が以前から霊感の強いと言うことも考慮していなければならない。見たことがない人間に霊の存在を感じさせると言うのも大変な作業だからね」
光明にはやはり反省の色は見られない。私は心の奥で苛立ちを抱いた。
「ちなみに僕は彼女を除霊する前に初めて霊を見たのはいつ頃かと聞いている」
「どういう意味があるんです?」
「意味はない」
「え?」
「僕が知りたいのは霊感があるかどうかだ。僕に除霊を頼む人間にストレートに霊は見えますか?とは聞けないだろう。だから、少しはぐらかすんだ。相手は最初に見たことが何か関連性があるって考えるわけだ」
「でも、おかしいです。霊感があることを聞くってことは霊の存在を認めていることでしょ?」
「また、そこに戻るのか、君は?いいか、霊なんてこの世には存在しないんだ。あくまで人の思い込みだ。想像力の産物だよ。人間が霊を見るのは眼ではない。頭の中で『見えている』と認識することで初めて霊が見えるんだ」
「想像の産物で彼女はあんなに苦しめられたんですか?」
私は真剣な表情で光明に詰め寄る。それを光明は呆れた顔で見ていたが、すぐに何か思いついたらしく苦笑した。
「なるほど、君と僕との考え方の相違はどうやらその辺にあるようだな。いいか、霊は存在する、しないに関係なく人を祟ることが出来るんだよ」
「そんな、ありもしないものであんなに人間は苦しめられるんですか?」
「その通りだ。祟りの正体は人間の思い込みだよ。病も気からというように。人間は精神状態で病も治せるが、病にかけることも出来るのだよ」
私は蒼ざめている。何か目の前にいるこの男が急に怖く思えてきたのだ。
「先生は、彼女の想像力を逆に利用して存在しない悪霊を造り上げたと言うのですか?」
「その通りだ」
私は少しばかり震える声で尋ねた。それに対して光明は全く悪びれずに答える。
「まあ、とにかく彼女があれで悪霊を追い払えたと思えればよかったじゃないか。結果オーライだ」
「何か都合がいい話です」
「それも仕方ないだろう」
光明はそう言うと「もう疲れた」と壁際のソファーまで移動し、寝転がった。
「先生、まだどこか納得できないところがあるんですけど」
私は光明のそんな姿を呆れた目で見ながら言った。しかし、光明はすでに目を閉じていた。そして、「祈祷部屋を掃除しとけよ」と指をさして言った。