第四話
しばらくの間、私は何も言えなくなっていた。それが分かっていたのか、光明はその間に立ち上がってコーヒーをカップについで来る。
「本来なら雇い主の僕が君にコーヒーを頼めるはず、なんだけどな」
光明は少しばかりうな垂れていた。私はそんな光明を目で追いながらも何も言えず、口を開けていた。
「先生、それは本当ですか?担いでいるんじゃないでしょうね?」
「君を担いだって何の得にもなりはしないよ」
「じゃあ、先生は何か根拠があって言っているんですか?」
「ああ、あるよ」
光明はコーヒーをすすりながら言った。
「それなら教えてください」
「君もいちいち面倒がかかるお嬢さんだな。気付かなかったか?彼女の顔。図面で書いたように左右対称だった」
「左右対称?」
「そう。人間の顔って言うのは左右対称だと思いながらも実は結構食い違っているんだ。写真を見れば分かる。こうやって写真の上に鏡を置くんだ」
光明は机の中から、今出て行った依頼人の女性、松宮麗那の顔写真の中央に四角い小さな鏡を置いてみた。そして左右を見比べる。鏡は両面なので、容易に見比べることが出来た。
「ほとんど差がないです」
「それじゃあ、次は君だ」
そう言うと引き出しの奥からすみかの顔写真を取り出した。面接のときに撮った写真だ。光明は麗那にやってみせた同じ事を見せた。
「少し違います」
「確かに少しだな。だが、それは君がそんなガリ勉メガネをかけていたからだ。本当ならもっと違いが出てもいいのだ。仕方ないから次」
そう言うと光明は引き出しから関係ない人間の写真を取り出す。そして同じ事をした。
「ああ、今度は全く別人です」
「つまりはそういうことだ」
「そういうことって、ただの偶然かもしれないし」
「偶然?バカを言ってもらっては困る。僕はこれでも下調べは怠らないことで有名なんだ。僕はちゃんと観相学をした」
「かんそうがく?」
「要は人相を見たって事だ」
「ああ、そういうことですか」
光明は占いにも精通している。手相、人相、風水、星占いから動物占いに至るまで全部網羅していると豪語している。ただそれを聞こうものならまた話が脱線しかねないので私は軽く流した。
「それでだ。僕の占いによると彼女の風貌と彼女の運勢は一致しない点が多いことが分かった。そして色々、下調べの結果、彼女にはあまりにも嘘が多いという結論に至った」
「嘘?」
「ああ、そうだ。これを見たまえ」
光明はそう言うと引き出しから履歴書のようなものを取り出した。
「これは事前に彼女に書いてもらったものだ。見たまえ、この不自然さ」
「不自然ですか?」
「不自然だ。彼女の最終学歴を見ろ」
「ああ、これ有名なお嬢様大学でしょ?すごいですね才色兼備そのものって感じで」
私は心の底から感心したように言った。それを聞いて光明は溜息を漏らす。
「バカか君は。こんな都合いいことがそうそうあると思うか?才色兼備という言葉は疑ってかかれ。これは鉄則だ」
「先生は疑り深いだけじゃないですか」
「違うな。僕は彼女がこの大学に在学していたかどうか確認を取った」
「いつの間に・・・」
私は呆れかえる。しかし、同時にその手回しの良さに感心もしていた。
「そして、この住所も偽りだ」
「ええと田園調布になっていますね」
「ところが彼女の出身は青森だ。だから住所が田園調布と言うより、生まれは田園地帯と言ったほうが正しいかもしれない」
「冗談はいいです。でも、どうして青森だって分かるんです?」
「方言だ。彼女には津軽弁のなまりがあった。人間はどんなに東京に帰化したつもりになってもポロリとなまりを漏らすものだよ。そう言えば君も故郷の新潟のなまりが出るな」
「余計なことはいいです」
光明は方言も熟知している。私が最初に面接に来たときも彼は履歴書を見る前に出身地を言い当てた。ちなみにその時、年齢、血液型、スリーサイズまで答えている。
「でもお金持ちって言うのは変わらないでしょう?ただ田舎だから恥ずかしかっただけで、そうじゃなきゃ、こんな大金ここで使わないでしょう?」
「お金持ち?君の目は節穴だな。いやそのガリ勉メガネが視野を狭くしているのか?」
「どうしてそうなるんです!!」
「彼女は貧しいとは言わないが、決して裕福な家庭で育ったわけじゃないよ。その反動がここに良く出ている。彼女は僅かな隙も見せないほどビッチリと着飾っている。履歴においてもね」
「じゃあ、お金の出所はどうなるんです。整形だってとんでもなく高いでしょう?」
「高いだろうな。全身整形しているだろうから」
「ぜ、全身整形?」
私はまた驚かされる。
「彼女はスタイルまでモデル並だった。そうなれば想像つくだろう?」
「だとすると、その全身整形のお金も含めて一体どこで稼いだんでしょう?」
「それは・・・・」
光明の顔はそこで何故か曇った。
「君のような貞操観念の塊のような女性にはキツイかもしれないな」
「まさか・・・・」
私は光明が何を言わんとしているか気付く。同時に腕に鳥肌が立つ。
「風俗だろうね。ファッションヘルスか、テレクラか、AⅤって手もあるな。どちらにしろかなり金が稼げるものだろうね」
「不潔・・・・・」
「そう言うな。金が必要な女性にしてみれば、これほど効果的な金稼ぎなどない訳だ」
「だからと言っても・・・・」
そう言いながら私はメガネをかけ直す。目が潤んでくる。私はこの手の話を極端に嫌うところがあった。
「少なくても、遊び半分に体を売るような昨今の中高生よりはマトモだよ、目的がある」
「それはそうですが、でも・・・・」
私は反論が出来なくなっていた。反論しようにも思考が働かないのだ。
「それでだ。彼女は体を汚しても君のように貞操観念は持っていたんだね。その彼女が自分の行っていることをどう思うかだ」
「やっぱり不潔だと思うんじゃないですか。それなら辞めればいい」
「普通ならそう思う。しかし、彼女は違った。彼女は自分が汚れたならもっと着飾って本当の自分を隠そうと思うようになった。そのためにはさらに金が要る。さて金がさらに欲しくなったらどうする?」
「また風俗ですか?それじゃあ、いつまでも同じ、いいえもっと酷くなる」
「その通りだ。これは典型的な悪循環だよ」
光明はそう言うと溜息をついた。私は目に涙を浮かべて光明を見る。部屋の空気は一気に重苦しくなっていった。