表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
零能力者  作者: マシマ真
3/6

第三話

「キャアアア!!」


 私は悲鳴をあげるとその場にしゃがみこんだ。そして耳を抑え小さな体を震わせる。光明はそんな私を見下ろしながら徐々にその顔をやわらげていった。


「君、そんな臆病でよくうちに来る気になったな」


「え、今の嘘だったんですか?」


 私は涙目で光明を見上げながら尋ねる。手を押さえ小刻みに震えている。それを光明は笑いながら見ている。その笑い顔の爽やかさが余計に恨めしく思えた。


「しかし、これをただの嘘だと思ってはいけないよ。こういう言葉の連携が人に自分が霊に憑かれていると勘違いさせるのだ。まあこれが呪いのメカニズムと言うやつかな」


「そんな呑気な言い方して。私本当に怖かったんですよ。それにあの人にした仕打ちだって酷いじゃないですか。ナイフを咥えさせたり、あんないい加減な漢方茶を飲ませたり」


 私は涙目のまま、声まで嗄らして反論する。それを光明は困惑した顔で見つめる。


「君は本当にバカだなあ。僕が意味のない行為をずっとしていたと思うのか?ナイフは反論させないために咥えさせた。反論することで自我を持ち続け、僕の行為を疑う危険性があるからね。そして念仏を頭の中で唱えさせた。これは思考力を低下させるためだ。視線は数珠で釘付けにする。下手に視線を逸らすと余計なことを考えるキッカケを生みかねないからだ。後は単調な口調で経を繰り返す。それで彼女は精神を誘導されやすくなる。いわゆる催眠状態だ」


「それでも、やっぱり詐欺じゃないですか?普通、誰だって霊がついたと言われれば怖いですよ」


「断っておくが、彼女に霊が憑いていると言ったのは僕じゃない。霊に憑かれていると思ったのは彼女自身だ。それなのに僕が『霊はいません。気のせいです』と言って彼女は納得できるか?そんな訳はあるまい。カウンセラーだってちゃんとした肩書きがあるから効果があるんだ。それがなきゃ、ただのお悩み相談室だ。彼女は霊が自分に憑いていると疑っているからここに来たんだ。カウンセラーでなく、霊感探偵という肩書きが彼女には必要だった訳だ。それなら、僕は彼女の望むように霊能力者を演じるしかないだろう」


 光明は悪びれることなく一気に言った。


「でも先生、演じたのならやっぱりインチキでしょう?」


「インチキ?失敬な。僕はちゃんと一言一句間違えることなく経文を唱えたぞ。お坊さんに頼むのと同じことをやってのけたのだ。もし彼女が、祝詞が良いと言うなら僕はちゃんと唱えてあげるし、聖書を読んだっていい。だから僕は間違いなく自分の責務は果たした」


 確かにそれは本当らしい。ただし、私にはそれが一言一句合っているかどうかなど分かるはずはない。


「でも、先生。最後にあんなお茶まで飲ませてやっぱり酷いです」


「ああ、あれは仕方ないだろう。彼女にはクスリが効き過ぎていたんだから。あれは単なる気つけ薬だ」


「でも、なんか無理矢理に飲ませるようにして。あ、先生、自分で飲んだのもあの人にお茶を飲ませるため?」


「ほう、少しは賢くなったな。ああすれば彼女は飲まなきゃいけない状況に追い込まれるだろう。おかげで僕まで呑む羽目になった。だが、僕は飲み方を心得ているから何の問題もないけどね。あのお茶は注ぎ方にコツがあって沈殿物を飲まなければそんなに苦でもないんだ。ちなみにあのお茶もあれくらいインパクトがなければ意味がない。そして祈祷料も少しばかり高くなければ信憑性がない」


「・・・・・・」


 さすがに私は呆れ果てた。週に一度はこんな会話が繰り返され、いつもごまかされたような気になるが、ここまで自信を持って断言されると余計にあきれ返る。


「ところで君は彼女をどう見た?」


「え、彼女ですか?綺麗な人だと」


 光明が話をいきなり切り替えたので私は慌てた。前に聞いたことがあるがこうやって唐突に話を切り替えるのも光明のやり方なのだ。


「綺麗?どこがどう綺麗なのだ?」


「それは・・・・、ええと、顔は綺麗でした。スタイルはよかったし、髪も艶があってファッションも素敵でした」


「地味な君でもファッションのことは分かるのか?おかしな話だ」


「おかしくありません。私だって雑誌くらいは読みますから」


「読んで想像に耽るわけだ。勿体ない」


 光明はそう言うと銀に染めた髪に手をやって、いかにも残念そうに首を振った。


「そんなことはどうでもいい話でしょう。彼女と私を比較してそんなに面白いですか?」


「別に面白がっているわけじゃない。僕はただ彼女を第三者がどう見るか聞きたかっただけだ。なるほど確かにそう思うのは必然的だな。だが、僕には違うように見えた」


 光明はそう言うと手を組んで物思いに耽るような深刻な顔をした。私は今まで見たことのない光明の顔に息を飲む。


「彼女は着飾ることに強迫観念を抱いている」


「強迫観念?」


「そう彼女が着飾るのは強迫観念の現れだ。君は気付かなかったか?彼女の身に付けている物はどれも高級ブランド品だ。頭のてっぺんから足の爪先までね。顔は今人気のメイキャップアーティスト風に、ヘアースタイルもカリスマ美容師が仕立てたもの、おまけに彼女は異常なほど鏡にこだわった。チェックをすることに過敏になっているのだ」


「でも、その強迫観念がどうしたんですか?ちょっと神経質になっているくらいでしょう」


「いや、違うな。強迫観念は精神を不安定にする。自分を追い込むんだよ。そのせいで彼女はいるはずのない霊の存在を感じ取ってしまう」


「強迫観念が霊にですか?よく分かりませんけど」


 私には光明の言うことは理解できない。光明もそれを薄々、いや間違いなく気付いている。要は光明にとっては私に納得の行く解説をするのではなく強引に押し切ってしまうつもりなのだ。


「あの、先生。それじゃあ何故、彼女はそこまで強迫観念に襲われたか説明できますか?」


 私はそれでも食い下がる。ここで誤魔化されたらまたいつもと同じだ。


「それは男に振られた反動かな。いかにもありきたりな話だが」


「それって推測じゃないですか?」


 私は反論のキッカケを見つけた気になった。しかし、光明は平気な顔をしている。


「だが彼女は男という単語に敏感に反応した。それは少なくてもキッカケは男だと言うことになる。それに僕はもっと強力な事実に気付いている」


「強力な事実?」


 私は眉をひそめる。ひょっとしたら、光明には隠し玉があるのかもしれない。それは当たっているのか、光明は何故か微笑んでいた。


「彼女は・・・、あれはまず間違いない。整形美人だよ」


「・・・・・・」


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ