第二話
除霊後 榊光明霊感探偵事務所
「先生、あの女の人からこんなに巻き上げたんですか?」
私は目を真ん丸くして尋ねた。
「『巻き上げた』は、人聞き悪い。これはあくまで祈祷料だよ」
榊光明はそう言うと封筒に入った一万円札を数え始める。黒皮の立派な椅子に腰掛け、足を机にのせたまま札を数える姿はあまりにも俗っぽかった。それを私は呆れた顔をする。
「先生のそんな姿を見たら、あの人騙されたと思うんじゃないですか?」
「君は何を言っている。霊能力者だって食ってかなきゃならん。仙人じゃないんだから霞を食べて生きてはいけないよ」
「食べるには十分すぎるほど蓄えていると思うのですけど」
私は口を尖らせる。しかし、そんな私を尻目に光明はお金の勘定を続けた。
三ヶ月前、私こと小日向すみかは事務員の募集でこの『榊光明霊感探偵事務所』といういかにも怪しげな事務所に入った。就職活動が上手く行かずに藁をもすがりたい気分だったから、怪しくても構わないと半ばヤケクソの気持ちで事務所の戸を叩いたのだ。それでも、最初は光明の美形とその高給に魅力を感じていた。しかし働き始めるとすぐに本性が明らかになり、やっていることは只のペテン師だと気付かされた。だから、私は度々、不平不満を口にするようになったのだが、何故か今まで辞められないでいる。辞めてもこの男は「ああ、辞めるの。いいよ」で簡単に済ませてしまいそうだからだ。何の反省にもなりはしない。それが悔しいから未だにここにズルズルと居ついている。
「すみか君、君はもう少し服装、髪形、化粧にこだわった方がいいな。そのために君に給料を弾んでいるのに。せめてメガネくらい外せないのかな?」
光明はチラリと私の方に目をやると溜息をついた。確かに私は溜息をつきたくなるような外見だろう。そんなことは自分でも良く分かっている。髪はオカッパよりやや長いくらい。首はしっかりと三六〇度見えている。服装は就職活動のとき購入した紺色のスーツをそのまま着用。ただ私自身、小柄で幼い顔をしているので、下手をすると高校生か中学生が事務員をしているように見える。その上、ガリ勉がつけているような黒ぶちのメガネをかけているので見た目は誰が見ても暗い。そう言えば、最初に光明と対面したとき、光明は「典型的な根暗のガリ勉タイプ」と言って笑っていた。私はそのときのことを思い出し、無性に悲しくなった。
「仕方ないじゃないですか。元がそんな綺麗じゃないんだから」
私はふくれた顔のまま反論する。それを冷めた目で光明は見る。
「違うな。君は着飾ることが怖いだけだ。そんなことをしたら自分が違う人間になってしまいそうで。メガネもその現れだろう。目は悪くても決して近眼じゃないのに、そんなガリ勉がするようなメガネをかけて自分を隠そうとする。それは罪悪だよ」
「罪悪?」
「そう綺麗なものは前に出さなきゃいけない。ただ汚いものを着飾ってごまかすことはもっと罪だ」
「それ自分のことですか?そんな怪しい衣装で依頼者もよく不審に思わないですね」
「バカだな、君は。これはすべて意味があるのだよ」
「でも、胸に十字架、右手に数珠、左手には清明判じゃあ、おかしいでしょう。まるで統一感がない」
「統一感など必要ないさ。何しろ僕は聖書や各宗派の経は丸暗記しているからね。何ならここで君に聞かせてやろうか?」
光明はそう言うと立ち上がる。そして銀色に染まった前髪をかき分けた。
「ああ、待ってください。それはいいです。よく分かりましたから」
私は光明が何か言う前に手で制した。光明が言っていることは嘘ではない。以前、私は光明から延々と経を聞かされた苦い思い出がある。この光明と言う男、記憶力だけはズバ抜けて秀でている。確かに彼は聖書や各宗派の経を暗記しているのだ。
「ところで話を戻すが、さっき僕が言った、着飾って自分の汚さを隠しているというのはあの依頼人のことだ」
光明は椅子に腰掛けると溜息をついて言った。
「綺麗な人だったじゃないですか。それなのに先生はあんな風にいじめて可哀想です」
私は口を尖らして怒った。光明はその顔を半眼で見る。
「なるほど、君の機嫌が悪いのはそのためか。困ったものだ。君には彼女の背後に憑いた悪霊の姿が見えなかったのか?もう三ヶ月だろう。ここに来て」
「三ヶ月かどうかなんて関係ありません。大体、先生に霊感なんてないんでしょう」
私はそう言って眉を寄せる。すると光明は真剣な顔になって私を、いや正確にはその背後を見ていた。
「な、何です。先生」
私はその視線に誘導されるかのように振り返る。しかし、背後には何もない何の変哲もない事務所でしかなかった。
「君は霊を軽んじている。彼女に取り憑いた霊はすでに落としたが、浮遊する霊はまだこの辺に漂っている。そして憑き易そうな人間を探している。君は奴にとって格好の獲物だ!!」
光明は除霊するときの厳しい目だった。その声も徐々に高くなっていき除霊のときと同じ厳しいエコーがかかったような響き渡る声だった。