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零能力者  作者: マシマ真
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第一話

霊感探偵 榊光明 除霊の儀


「あなたの背後に霊が見えます。異常なほど強く偏執的な愛情と嫉妬心を持つ男の霊が見えます。ほら、今もあなたの肩に手を置いて。エェーイ、立ち去れ、悪霊め!」


 男はそう言うと右手に持った水晶の玉をつなぎ合わせた数珠を女の顔の前に差し出し、体を震わせたまま経文を唱える。そして時折、目をカッと見開き、奇声を発し、目の前の女を、いやその背中についた悪霊を恫喝する。


 その部屋は異常であった。そこにいる二人の登場人物はもちろんのこと、その部屋も異様な雰囲気である。まず、その部屋自体、完全に外界の光から遮断された暗闇である。その中で銀の燭台にのせられた蝋燭の灯火だけがユラユラと揺れながら部屋を照らしている。そしてその蝋燭の火は部屋の中の棚や置物を仄かに照らす。映るモノはどれもどこかの民族のお面やら置物やら不気味なものばかり。だが、それよりももっと異常なのは女の前に立つ男だった。


その男は黒いスーツに黒いマントを羽織って、スーツの下に真っ赤なワイシャツを着ている。赤いワイシャツにはネクタイなどつけずに胸をはだけ、そこから銀の十字架が除いている。また右手には水晶の数珠、左手には星型に似た清明判という紋章が刺繍された手甲をはめている。髪は黒く襟首が隠れるくらいの長さだが、何故か前髪だけが、ダランと垂れていて、その部分だけ白銀に染められている。これだけやれば、どうしてもうるさく思えてしまうのだが、何故か不自然さはない。それはモデルのような整った顔がアニメのコスプレかビジュアル系バンドを延長させたような印象で片付けてしまうせいかもしれない。・・・とはいっても異様な格好であることは変わりなかった。


「せ、先生、わ、私の背中に、まだ悪霊は、ついていますか?」


「黙って!!あなたが口を開けば霊はあなたの口から体内に侵入してしまいます。さあ、あなたはこれを口に咥えて心の中で念仏を唱えなさい。南無阿弥陀仏でも南無妙法蓮華経でも何でもいい!」


男はそう言うと懐からこれまた銀色の魔術めいた印象を与えるナイフを取り出した。女は言われるままにそれを受け取り、口に咥える。両刃なので下手をすれば口を切りそうになる。歯が恐怖のためガタガタ震えているため女はそれを咥え続けることが困難になり、手で直しながら咥え続ける。さらに涙から鼻水、涎まで流れ出るのでますます始末が悪い。元々は奇麗な顔をしているだけに現在の顔は見るも哀れな顔であった。濃い目の化粧は流れ出る涙で落ち、真っ赤な口紅も涎で口から血が流れ出ているようであった。それに対し、男の方は未だに経文を唱え続けている。そして時折、目をカッと見開く。それは悪霊に対しての恫喝のはずだが、何故か女の方が怯えた目をする。


「おのれ!!悪霊め!!何が目的だ!!何を望む!!」


 男はそう言って激しく体を震わせる。その目は半眼で何かを見極めようとしているかのようだった。一方、女はその恫喝に体を硬直させている。


「そうか!!おまえはこの女をずっと愛しい目で見ていたのだな!!最愛の人に結ばれなくても尚、死んでも尚、未だにこの女を愛しているのだな!!だが、それはこの女にとっては迷惑でしかない!!死んだ人間と生きている人間とは愛し合えないのだ!!その先に待つのは悲劇だけだ!!さあ、あなたは早く成仏をしなさい。不詳ながらこの私が念仏の一つでも唱えて差し上げよう」


 男はそれだけ言うと目をつぶり念仏を唱え始めた。次第に男の体から震えがおさまり、声の調子も落ち着いてきた。そして念仏を唱え終わったとき、男は「フウ」と息を吐き出し、数珠を突き出した手を下ろした。そして力が抜けたように椅子に腰掛けた。額から一筋の汗が落ちる。男はそれを拭わずに目を開く。


「もうナイフを取ってもよろしいですよ」


 男は先ほどとは違って落ち着いた声で言った。顔には爽やかな笑みが浮んでいる。しかし、女は放心状態のままナイフを咥えて放そうとしなかった。いや、放すことが出来ないほど怯えているのだ。男はハアと息を吐き出すと女の顎をこじ開け、ナイフを取り上げた。女の口からダランと涎が垂れている。それは男の手にもつき、糸を引いた。


「さあ、これでも飲んで気を落ち着けてください」


 男はそう言うと女の前に湯飲み茶碗を置いて異国風のポットからお茶らしきものを注いだ。女はそれを呆然とした状態で嗅いだが、その途端、顔を歪ませた。


「な、何ですの、これ?」


「お気になさらずに、ただの漢方茶です。少しばかり臭いはきついですが、悪霊を寄せ付けない効果があります。最後の仕上げですよ」


 男はそう言うと涼しげな顔でニコリと微笑んだ。女はその爽やかさに何故かほだされ、お茶に手をかける。そして鼻のところに持ってくるとまた顔を歪ませた。


「どうしてもこれを飲まなきゃいけませんの?」


「ええ、飲んでください」


 男はあっさりと言った。そうなると女も飲まずにはいられない。ここで、もし断ってまた悪霊に取り憑かれてはたまったものではない。


「鼻を押さえて一気に飲み込んだらいいですよ。まあ私の場合はそのままいけますけどね」


 男はそう言うと自分用の湯飲みを取り、お茶を注いで一気に飲み干した。そのあまりの早技に女は目を点にして見つめる。


「確かに臭いはきついですが、慣れてしまえば何ともないですよ。良薬口に苦しというでしょう」


「はあ」


 女はそう言うと鼻を押さえて一気に飲み込んだ。そしてウッと叫ぶとお茶を吐き出しそうになった。


「待ちなさい。そのまま一気に飲み込むのです!!」


 男の声が再び強く激しくなり、女はその迫力に圧倒され、何とかそれを飲み込んだ。そしてその場にしゃがみ込んだ。


「よくやりました。これであなたに取り憑いた霊は離れていくでしょう」


 男はそう言ってニッコリと笑った。それを女は呆然とした顔で眺める。化粧が剥がれたその顔は水気を多く吸い込んで滲んだ水彩画のように哀れなものだった。

 

こうして霊能力者榊光明の除霊の儀は完了した。

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