コーヒーをおいしくさせる香辛料
私は北野亜希子十七歳。高校を辞めてしまい行くあてもない私は母さんにフリースクールを勧められ私が通って五日目。何を根拠にそうなったのか塾長である中村サユリさんは私をここフリースクールのスタッフに任命したのだ。サユリさんがフリースクールを開校したばかりで私が初の生徒であり、初のスタッフである。私の勤め先フリースクールホットイップクに雪の中歩いて向かう。到着して、ボロイ一軒家がここフリースクールホットイップクである。
「おはようございますサユリさん」
「あら、亜希子ちゃんおはよう。待っていたわよ」
にっこりと女神様スマイルで語りかける塾長の中村サユリさん。
「今日実行するプログラムは何でしょう」
「うん。今日は私のおばあちゃんが営業していた喫茶店を開くためにそこの大掃除に行きましょう」早速車で十分。
商店街の一角にある喫茶店だ。外観を見ると看板が色あせんで緑から黄緑に変色してしまいかなり古いお店だと分かる。
中はほこりだらけでとても汚い店だった。
早速サユリさんと私は大掃除。
だいぶ綺麗になりつかれてカウンター席でもたれていた。「お疲れさま」とにっこり笑ってコーヒーをさしだしてくれた。そんなサユリさんに申し訳ないのだが、
「私コーヒーは苦手です」
「騙されたと思って飲んでみなさいよ」
ニコニコとテーブルに肘をつき、顎に手をかけて私の様子をうかがうサユリさん。
言われたとおり飲んでみると、どう説明して良いのか分からないほどのおいしさで気分がホットして、つい遠くを見つめたくなる私。
「おいしいでしょ。この味は私のおばあちゃんが五年かけて作った味なの」
「へー」
「じゃあ、亜希子ちゃん。今日からここを営業するから、亜希子ちゃんに任せて良いかな」
唐突にもそう言うサユリさん。
「無理ですよそんなの」
「メニューはとりあえずコーヒーだけだから、このマニュアル通りに作れば簡単だから」
私の発言を無視して強引にも押しつけるサユリさん。いつもそうなのだ。
午後からサユリさんはスクールカウンセリングに出かけてしまった。
私一人店を任された私は呆然と立ちつくす。
二時間ぐらいが経過してお客さんなんてこない。だから私は大学検定試験の勉強をカウンター座り勉強していた。
そんなときである。ドアが開き、
「営業しているのかしら?」
とメガネをかけた白髪で黒いコートに身を包んだ品のありそうなおばあちゃんだった。
「はい。まだ開業したばかりなのでコーヒーしかありませんけど、それでよろしいなら」
「じゃあ、お願いしましょうかしら」
早速私は先ほどのコーヒー作り方マニュアルを見て開業第一号のお客さんにもてなした。
勉強を中断して私はカウンター内に立ちつくしていると。お客さんは、「こっち来なさいな」と笑顔で言うものだから、お客さんの言うとおりに私の分のコーヒーをもってお客さんの向かい側に座りおばあちゃんは「サユリちゃんは元気?」
「サユリさんのことを知っているのですか?」
と積もる話をとぎれもなく語るお客さん。そんな会話の中コーヒーをすすると改めて言うがおいしい。特に会話中のコーヒーはおいしくさせる香辛料だと今気づいた。
お客さんは若い頃、サユリさんのおばあちゃんの親友らしい。良くここでコーヒーをすすりながらの仲間との会話が何よりも楽しみだったらしい。話が続いて、気がつけばもう夕暮れ時だ。そしてドアが開きサユリさんだ。
「あら、サユリちゃん大きくなったね」
「恵さん。そろそろ行きましょうか」
「そうね、私もそろそろ行かないとね。ごめんなさいね。もう一度ここでコーヒーをすすりながら誰かと会話したかったの」
私は二人の会話の内容が見えない。
するとおばあちゃんは私に一万円札を差し出し「ありがとう」と言って音もなく消えていった。閉店してコーヒーをすすりながら、サユリさんに聞いた話では、あのおばあちゃんは年を取り家族にも蔑ろにされ、唯一の楽しみはここでコーヒーをすすりながら誰かと語り合い毎日を過ごしていたらしい。そんなおばあちゃんに私はせっかくお友達になれたと残念だと思った。でもサユリさんはコーヒーをすすりながら「亜希子ちゃんにはこれから良いお友達が出来るから大丈夫」と女神さまスマイルに涙がコーヒーの中にこぼれ小さな水面ができた。小さな思い出をありがと、私の涙の味がするコーヒーをすする。嫌いだったコーヒーが好きになった瞬間だった。




