第三部 燻製や平仮名は地味にチートなんだよ
博多にたどり着いた一行は、一台の荷車に布と米をある程度積み込んだ。その荷車は佐久良と九麻、そして運び手の二人で押して港に向かった。他の荷車はそのまま拠点のほうに帰っていった。佐久良達はこの後港で消耗品の買い出しをする予定なのだ。
港に着いた四人はさっそくそれぞれに分かれて買い出しを行った。もちろん対価として払うのは布や米だ。九麻達三人が買い出しをしている間に佐久良は港の船を物色していた。傍から見れば怪しいやつこの上ない。
だからといって佐久良もさぼっている訳ではない。商いの相手を探してるのだ。港では国外の商人なんかと商いをすることがあるが、それは稀なことだ。博多がいくら外港としての役割を担っていても外国船が頻繁に来ることは無い。
そのため、普段は朝廷関連の船や個人で船移動している人たちを相手にしている。この頃の日本の船は帆船がほとんどなく、乗組員のほとんどが櫂(オール)を漕ぐ人たちだ。そういう船の場合、物を置く場所ば少ない。さらに人が多いので消費する食料が増えてしまう。
そういうことからこの頃は長い航海が難しく港で頻繁に物資を買いそろえるのだ。そして、物資を買いそろえるために船には対価となるような物を乗せているのがほとんどだ。
今日の佐久良はそれを目当てに船を見て回ったが漁船以外は見当たらなかった。仕方がないか、と諦めて九麻達と合流することにした。
合流した佐久良は荷車を見て驚いた。その荷車には買い揃えるよう頼んだ物だけでなく大量の魚が乗っていたのだ。近づき手に取ってみれば鰺の燻製だと分かった。
日本にはこの頃に鰹節と思われるものがあったため燻製の技術はあった。しかし、それは九州で一般的に普及しているものではなかった。近いものとしては、囲炉裏の上に魚や野菜を干すことで煙で燻すことはされている。しかし、それは効率の良いものではないし量も多くはできない。
そこでここに来た頃の佐久良は燻製小屋と燻製器を作り貸し出すことにした。この頃は漁師の多い漁村ならではの物として干し魚を売り物にしていた。ただ、干し魚にしても然程日持ちしないため近隣でしか捌けないことが悩みの種だった。
それが燻製だったら解消できるのだ。日持ちをする上、燻製に使うチップを工夫すれば匂いでただの干し魚より特色のある売り物になる。さらに燻製器の管理だけをすれば利用料金が入ってくる。さらにさらに漁師のように漁獲量が安定しない仕事だと多く魚が取れた日には保存のために必ず利用してくれるし、今後は生魚や干し魚ではなく燻製した魚を売ってくれる。
自分たちの手間を極限に省いて儲けることが出来ると考えた佐久良はすぐに作業に取り掛かった。仕組みをすぐに作りあげてからは根気強く漁師たちに説明して回った。その成果がとうとう出たのが目の前にある魚の山だ。そのことに感動している佐久良を見て、九麻が声をかけてきた。
「よかったじゃねぇか。ここいらの大人もやっとお前のことを理解してくれたって訳だ」
ガハガハ笑っては佐久良の肩を叩いた。それに対して痛がりながらも恥ずかし気に目をそらした佐久良は、もう戻るぞ、と声をかけて拠点の方向に走っていった。それを楽し気に見ていた残された三人はゆっくりと後を追いかけることにした。
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佐久良達より早く拠点に帰った一行は荷物を手早く蔵に運び込んだ。そのことを留守を預かっていた四人の田加、母夜、名我十、安鹿に報告し一行は解散した。
報告を受けた四人は九麻と同じく佐久良とは小さい頃からの友達だ。九麻も含めた五人は特に佐久良からの信任が厚い。そのため佐久良の留守の場合の差配を任されるだけでなく、それぞれで商いをするために遠征を行ったりする。商いにおいてはかなりの部分がそれぞれの自由裁量にまかされていて、個別で売り上げを競えば佐久良でも負けてしまうこともある。
ただ、幼馴染だから信頼してるのではなく、優秀でもあるからだ。
そんな四人は佐久良の帰りを知り、出迎えるための準備を始めた。準備と言っても佐久良が居ない間の報告書を揃えたり、汚れを落とすために風呂を沸かしたりするくらいだが。
それらが終わり各々で時間を潰していたら、表の戸が開く音がした。外からは佐久良と九麻の二人が入ってきた。湊での商品は外にいる人に任せ、自分の荷物だけを持った佐久良は居間でくつろいでいた四人を見つけて声をかけた。
「帰ったぞ。こっちは順調に品物を捌くことが出来たぞ。これはお前らへのお土産な」
肩にかけた大きな袋を床に下ろし、腰を下ろした。近くに座っていた田加が袋を覗き込む。
「今回もご苦労さん。巻物やいろんな種なんかが入っとるが何をもらってきたんよ」
「この辺じゃ植えられてない都から送られてきた野菜や果物の種だ。本は寺社なんかで写した物で、巻物は大陸縁の物らしい。くれた人曰く、大陸からの使者たちが置いていったらしいが読めないから食い物と換えてくれって言われたの」
聞くとすぐに四人が袋をあさり書物を読み始めた。佐久良の影響もあり、ここで働いてる全ての人は読み書きと四則演算がある程度出来る。この頃はまだ、日本ではアラビア数字、平仮名、片仮名が存在しないが仲間内では教え、広めている。そのおかげで読み書き計算が簡単になり、教えるのにかかる時間の短縮にも繋がっている。
それだけではなく、九麻、田加、母夜、名我十、安鹿の五人は数学が中卒程度のレベルがあり、語学であれば漢語(中国語)を操ることができ、その点に関しては外国語の習得を苦手としている佐久良の上をいっている。
そんな五人は知識欲の塊のような人間でそれぞれの分野に分かれて、仕事のかたわらに研究をしている。研究の助けになれば、と佐久良は選んで持ち帰ってきた。
皆が欲しい物を手に早々に部屋に帰りだしそうだったので、佐久良は先に頼み事だけしておこうと思い手を鳴らした。
「持っていくのは構わんがそれぞれの書写と読み下した物をいつも通り作っておいてくれよ」
書物から目を離すことなく返事をし、皆が足早に部屋に向かった。最後に居間を出ようとした母夜が足を止め、振り返り机の上にある資料を指さした。
「そこのが居ない間の報告書になっとる。風呂も沸いとるから汚れを落としてきなよ」
「了解、風呂行ってから読むわ」
それだけ言って足を進めた母夜に続き九麻も荷物を戻しに戻ったため、佐久良も風呂の準備に向かった。