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「これより反逆者の処刑を行う」
翌明朝、祭壇に人が集まる。その人だかりに俺も紛れ込んでいた。
焔の恐怖に怯えて忠誠の証拠に来るもの、神に反抗した愚か者を一目見ようと野次馬根性で来るものなどここに来る理由は様々だが見られるが、一つ共通していることがある。誰一人少女を助けようとするものはいないということだ。
「反逆者よ、何か言い残すことはあるか? それが貴様の遺言となる」
「『遺言』はないよ」
祭壇の最上段にある玉座から見下した問いかけ。それに対する回答は身をもって示された。
自らの手で作りなおした偽りの戒めからその身を解放し、少女は走り出す。逃走するための出口ではなく、焔のいる玉座へと。
だが天上へ続く道には障害がある。少女を阻むべく、十数人の近衛兵たちが立ちふさがった。
「一瞬で殺されるよりも、醜くあがき、苦しみ死にたいとは酔狂な。人間の意地とやらか? 無味乾燥な言葉なんかよりもよっぽど見物ではないか」
御使い一人たりとも倒すことができず捕縛された愚か者。そんな彼女が自分の元へとたどり着けるはずがない、その確信のもと焔は嘲笑う。少女を襲う近衛兵たちは御遣いたちの中から戦闘に優れ、かつ忠誠心を示したものから選りすぐった精鋭たち。少女の未来は既に閉ざされている、焔に限らず誰もがそう予測するに決まっていた。実際に野次馬根性で来ていたものたちからは少女へと罵詈雑言が飛ばされる。
しかし徐々に神の嗤いは消え、その表情が怒りへと変化していった。
今度も少女は誰一人倒せてない。時折放つ反撃の掌底や蹴りは近衛兵を倒すどころかその反動で少女の身体が逆に跳ね返る。なのに確実に祭壇への距離は縮まっていく。けれどもそれだけならばまだ惨めで滑稽だと焔は嗤い続けていただろう。
野次を飛ばしていたものも気力をなくしたままうつむいていたものも含めて観客の視線が食い入るような眼で静かに少女を見る目へと変わっていた。
なぜなら
-少女の動きは舞のように美しかったのだ-
一歩間違えれば死んでもおかしくない戦場、いや処刑場を劇場へと変貌させるほど歪みなく、死の気配すら感じさせない華麗な動き。
そんな中彼女の死角から切り払うように刀が振るわれる。
―危ない―思わず観客たちが声に出しそうになり、それが神に睨まれる行為だと気づき慌てて口を抑えたそんな瞬間
少女の身体が宙で回ったかと思うと、更にそこから跳ね上がった。まるで空中が地面であるかのように、鮮やかに、艶やかに。そしてそのまま祭壇の階段へと降り立った。
彼女は空を飛んだり、空気を床のようにしたりなど普通の人間に不可能なことをしたわけではなかった。けれどもそれは皮肉にも神に歯向かったものが見せた神業と称するしかなかった。
症状は迫りくる刀、その刃の腹のうえを転がり、そのまま一瞬で体勢を立て直して刀を踏み台へと跳ねたのだった。纏う衣服にすら傷一つつけずに。
なおも少女へと食い下がろうとする近衛兵達であったが、彼女が祭壇の最上段までたどり着いたのを見て脚を止める。彼らにもそこまで昇ることは許されていないのだろう。
「もうよい。下で見ておれ」
焔は判断に悩む近衛兵達に指示を出し、玉座を立った。
「人間よ。妾自らに殺されるのを望むか。今更になって赦せなどとは言わぬよな」
「悪いけど、死ぬのはあなた」
少女はどこからか小振りなナイフを引き抜き切っ先を目の前の神に向けた。ってあれ、昨日の俺のナイフじゃね?
もしやと思い普段隠しているところを探るがやっぱりない。ってか入れていたケースすらないよ。よく見ると少女の腰にそのナイフケースがあるよ。
これ、終わったらさっさと逃げないとやばいかもしれねえな。
「哀れな。たかが人間如き、我に触れることすらできぬ。そうでなくとも貴様は人間一人倒せなかったではないか」
蔑んだ目で神無を見る焔の周囲には炎が燃え盛る。どうせ何もできないと高を括っているのか、近づいても直ちに焼け死ぬほどの火力ではないらしくまだ少女は平気そうにしている。けれど長引けば徐々に身を焼かれ苦しみ死ぬことになるのだろう。しかも逃がさないというようにその炎は祭壇の周囲を囲っていった。
なぶり殺しにするという意思が見え見えで悪趣味すぎて反吐がでる。
名前の通り焔は炎を司る神であり、斬撃など受け付けるはずがない。おそらく少女は攻撃を仕掛けてはその身を焼かれていき、最後には絶望に震えることになるのだろう。
それを確信しているがゆえにか、突きつけられたナイフを前にしてもなお神は慢心していた。
「名前くらいは聞いておいてやろうではないか。名乗ることを赦す」
だから抱けたはずの違和感を覚えることすらしなかった。いや慢心と責めるのは酷か。この場にいた人は俺を含めて皆、少女の行動を無駄としか思わなかったのだから。
いずれにせよその余裕ゆえに、ここまで誰一人傷つけることができなかったにしてはあまりに達人じみた動きを見せていた少女の一太刀を避けるという選択肢も浮かばない。
そのまま俺のナイフが焔の胸を切り裂く。
「どうした。一太刀だけでもう諦めたか。つまらんのう。所詮無力な人間か」
少女はその一撃を終えるやいなやすぐにナイフを腰のナイフケースにしまう。更にそのまま焔に背中を向けるのを見て、焔は少女が諦めたと判断して、楽しみが半減したとばかりに溜息をつく。
そんな神に対して少女が呟く。
「御堂神無」
「御堂神無、それがお主の名前か。しばらくは覚えておいてやろうではないか」
「ええ、覚えておきなさい。冥途の土産として」
その言葉とともに焔の上半身が『落ちて』ゆく。切られたところですぐに癒着するはずの炎の身体が。
「そんな馬鹿な!? 妾を人間風情が傷つけることなど!」
「無駄。私によって作られた傷をそんな力で治すことはできない」
焔は慌てて体を修復しようと切れた身体の合間に炎を発生させるが、奇跡を起こすはずの神の力が効果を及ぼすことはなかった。
「貴様は何者なんだ」
「私は神殺し。確かに私はさっきまで誰一人倒せなかった。私は神様しか殺せないから」
「神殺し、だと。そ、ん、な」
そこで力尽きたのか焔の声が途切れ、その力により発生していた炎が消えさった。




