6-4
辿が歩いてくる。少し前で立ち止まり、私の周囲に赤い霧を放った。
「本当は生きたまま持ち帰りたかったんだけどなー。ったく――のやつどこ行ったんだか」
しばらくして反応がないのを確認したらしい。そのまま手を伸ばして私の身体を持ち上げようとした、その瞬間に
「動くな!」
私は横に落としていたナイフを拾い持ち上げられた勢いを利用してそのまま首に突き付けられる。
「な、生きてたのならなんで霧が効かないの!?」
単純に吸わないように息を止めていただけだ。呼吸法を抜きにしても私は人より長く息を止められる。そうなるだけの経験をしてきた。
そして運動している状態と停止している状態では呼吸を止められる時間が違う。
先ほどまでの戦闘時の様子を見て私が霧に囲まれて吸わずにいられる時間を決めつけていたのだろう。
当たり前だけど人のそんな性質にすら目をつけない神にだからこそ通用した騙し討ち。
「それにそもそも自分自身に殺されたはずじゃ」
「私の記憶を読み取ったのなら知っているでしょ。私は神しか殺せない。お前が作った私の複製はそっくりそのままそれを再現してくれたから助かったよ」
そう首を絞められても死ななかった理由はそれだけだ。確証はなかった。あくまで私の姿形をしただけの偽物だったらそのまま殺されていただろう。けれども神の能力まで再現していたことを考えると再現度が高いとは予測できていた。
「でもお嬢ちゃんは神を取り込んだ化け物のはずなのに」
そこが懸念材料ではあった。単純に私自身が私の能力でどう判定されるのかは分からなかった。
長らく体内に封印していた神核が失われ、今あるのはまだ封印しきれてない神核だらけ。ゆえに私がそれらを取り込めてないがために判定されていただけかもしれない。逆に言えば襲によって封印していた神核が奪われなければ私は私自身に殺されていたのかも。
けれどそんな理屈よりも私は私を人間だと言ってくれた人たちを信じたかった。だからこれに賭けられた。
それにもしかすると辿が作り出したものが私の記憶を利用していたのだとすれば、私が私を人間と認識させてもらえていたからこそ助かったのかもしれない。
「死にたくなかったら質問に答えろ」
ナイフを突きつけて即座にとどめを刺さなかった理由は気になる言葉があったから。
「襲を『裏切者』と言ったな。あいつとお前はどういう関係だ。それに調査に来たってのはどういうことだ」
首の皮を1枚切り裂くくらいまでナイフを突きつけて問いかける。
しかし彼女はこちらをにらみ、
「お断り。私は『あの御方』のためにしか動くつもりはないの」
『あの御方』ということは神である彼女の上にいる存在がいるのか。本当は情報が欲しいが時間の無駄だろう。
「なら、死んでもら――」
「横から失礼」
ナイフを振り上げたその時突然身体に衝撃が走り吹き飛ばされる。
地面に落ちる際に受け身を取り、先ほどまでいた方を見て、新に乱入した何者かに蹴られたのだと理解した。
「いつまでたっても降りてこないでしかも不穏な音がするから駆けつけてみれば。神殺しに殺されかけてるとか何やってるんですか」
「助かったよ、みっちゃん」
「その呼び方は好きじゃないので途と読んでくださいと何度言ったことやら」
その乱入者、ひょろりとした細身の優し気な顔立ちの男が辿に対して溜息をつく。
見覚えのない相手であることと礼を言う辿の態度からして、途は辿が霧で作り出した偽物の存在ではなく、おそらく本物の新手の神だろう。
「いーじゃん。いーじゃん。さてさて悪いことしたお嬢ちゃんには今度こそお仕置きしてあげないとね。手伝ってくれるんでしょ?」
神相手に1対2でどうする? 辿にダメージは与えた。それが生きれば可能性はあるか?
出方を躊躇い、こっそり落とした武器をいくつか回収しながら様子を見るが
「いえ、ここは僕に任せて貴方は帰ってください」
「え?」
私と同じ反応を辿もした。
「こんな屈辱を受けて黙って帰れるとでも」
「帰ってくださいって言ってるんですよ」
温厚そうな容貌、そこからは想像できないような威圧感が発せられていた。
「わ、分かったよ。そんな怖い顔しないで」
それを見た辿が渋々と立ち去ろうとする。
「逃がすか!」
1対2よりも1対1の方が勝算はある。けれどここまでやられて。しかもダメージを与えたうえで去られるのは気に入らない。
無防備に背中を向けたのも狙いどころだ。
「通しませんよ」
当然のごとく立ちふさがる途。そこに閉じた扇を投げつける。
避けた場合はその動きと反対方向を駆け抜ける。防いだ場合はその隙をついて途を踏み台にしていく。
この二択のいずれにせよ辿を仕留め切れるかはともかく途をかわし、辿に追いついて一撃を放つことはできるはず、だった。
「弾き、返した!? っ!」
想定外の3択目。何をどうやったのかまっすぐ綺麗に投げた扇子が帰ってきた。咄嗟に上へと弾き、次の攻撃を仕掛けようとした時にはもう途が目の前にいて拳を突き出してきていた。
その拳を軸にして踊るように回る。そしてそのまま一回転して位置を入れ替えようとするが半回転したところで拳が跳ね上げられる。
「もうっ!」
その勢いにあえて流され、身体を宙に浮かばせる。もう辿には追いつけないだろう。
なら
「はあああっ!」
落ちてきた扇を左手でキャッチしてそのまま開いて側面で打ちつけ、更に着地とともに足払いを仕掛ける。そしてその回転を生かしたまま、右手に取り出したナイフを突き出す。
全ての攻撃を次に繋げる途切れない舞。例え避けられようと、当たるまで攻撃すればいい。突き出した後にも裏拳の準備をしていた。
「なっ!」
けれども、ここまでの三連撃は全て捌かれ、しかも最後の一撃に至っては受け止められて裏拳に移行するはずの勢いを逆に利用されて投げ飛ばされていた。
着地はしたものの最初の投擲、次の回転、最後の連撃が全て完璧に対応されていた。しかも能力差とかではなく、同等以上の技量で。
「なかなか美しい舞ですが、本家に上手を取るにはまだまだ未熟ですね」
「何を」
本家? 突然何を言い出すんだ。しかも舞のような戦闘ではなく、この戦闘方法自体が舞だということを知っている。
「誰に教わったのか知りませんがその舞は僕が作ったものですよ」




