6-2
周囲を囲む赤い霧。このままだとおそらくまたあの夢の世界に引き込まれるのだろう。
「また行き当たりばったりか」
予想外のことも多く結局その場での対応も多かったもののなんだかんだ渡来といたときは無策で神に挑むことはほとんどなかった。
でも渡来と会った時も、そして別れてからここに来るまでに殺した神相手も、そして今回も、一人になった途端その場その場、場当たりなものばかり。
ちょっとは一人で考えないといけない。一人を選んだのは私なんだから。
「今は悠長に考えている場合じゃないけど」
ここは賭けるしかない。
囲まれた霧、その先の辿を目指し走る。
「いらっしゃい。夢の世界へ」
「はっ!」
「あら?」
そんな霧を私は駆け抜けてナイフで斬りかかる。そこを辿は避けようとするが斬りかかる際に身体に捻りを入れて回転し、その勢いで避けた先に蹴りを放つ。
更に体勢を崩した隙にそのまま追撃へと動くつもりだったけれど。
「ちっ」
蹴りをいつの間にか持っていた錫杖で防がれていた。そのまま追撃は無理と見て反動で距離を取る。
「なんで寝ないの?」
辿が首をかしげながら再度霧をこちらに差し向ける。
やはりあの霧は相手を眠らせるものらしい。
そして眠らないということは私は1つの賭けに勝ったらしい。
「っ!」
接近すると見せかけて後ろに跳ねながら霧で視界が悪いうちに弓を放つ。けれどそれも難なく弾かれていた。
「随分器用に呼吸してるのね」
「なんのこと?」
ばれたことを悟りながらとぼけてみる。
私の戦闘スタイルは神に捧ぐ舞を元に作られたもの。
神に供するものが害するものへと改造された私を象徴しているような歪み。
そして舞い続けるために、私は踊り続けるためには様々な呼吸法を身に着けている。
どんなに激しく動きながらでも息を切らさず
一瞬の息継ぎでより多くの空気を吸い込むことも
通常より長く息を吸わずに動き続けることも
「常勝不敗の必殺技なんかじゃないけどそんなふうにまさか真っ向から突破されるなんて初めてでお姉さんショックよ」
指摘された通り私が赤い霧を抜けたのはその霧に何か干渉したわけではない。
ただ通り抜ける前に空気を蓄え、一切息を吸わないまま攻撃にまでつなげただけ。
もしもあの霧がそこに立ち入るだけで効果を及ぼすものだったのならまた私は眠っていただろう。
けれど吸わなければいいという一点だけに賭けて突破した。
根拠のない勘任せの特攻。私が勝った賭けはこれだ。
と同時にもう1つの賭けに負けていた。
「でも全く呼吸しないわけにはいかないでしょう?」
私を囲むように展開されていた霧が晴れていく。一方向を除いて。
霧に突撃してもそこからでられないくらい1点に集められればやがて呼吸が持たなくなり、眠らされる。単純にして効果的な1手。
初撃で撃破する。もしくは動揺したままのうちに勝負を決めることが出来なかったという時点で私は結局賭けに負けていた。
そして簡単に対策し更になお余裕を見せるということはその場任せの奇策ではどうにもならない。そもそも霧を用いた間接的な戦闘スタイルに見えるが不意を突いた私の攻撃を捌いたように直接的な戦闘も可能なようなのがなおさら厄介だ。
けれどこれだったら
「最悪じゃない」
辿と反対の、部屋の入口の方へと駆け出す。
「逃げた? 逃がすとでも!?」
霧が追いかけてくる。私の走る速度よりわずかに早いそれはこのままだとちょうど入口を通る頃に私に追いつくだろう。
けれど目的はこの部屋からの脱出じゃない。
部屋を出る直前で直角に飛び跳ねて霧を交わしながら部屋の角に行く。そしてパッと見では分からないように隠されていた引き戸を開く。
「そんなところにも扉があったの。でも残念行き止まりみたいね。」
一度避けた霧がこちらへと向かってくる。部屋の隅に来た以上、既に逃げ場はない。そして引き戸の先は通路ではなく棚であった。
「今度こそおねんねしなさい」
向かってくる霧を見て汚染されてない空気を私は軽く吸ってから踏み出した。
「最後はせめて前にってこと? いい夢を見なさい」
私が諦めたと見たのか辿はにやりと笑う。その直後私の身体は赤い霧に呑まれた。
が数秒後私は霧を通り抜けていた。
「どうやって!?」
意識を持ったまま分厚い霧の壁を通り抜けた私を見て辿が始めて動揺を見せる。
「これが欲しかったんだ」
手に持つのは二つの白銀の扇。
先ほど開けた引き戸の奥にあったのは襲が趣味で集めたり作ったりしたものの一部が飾られていた隠し棚。かつて「何度も来た場所」ゆえにこの建物の配置は大体分かっていた。
移動されていなければどこに何があるのかも。
「そんなもので私の霧を凌いだって言うの?」
「そうだけど?」
扇で霧を祓う、そのわずかな空間で息継ぎをし続ければたとえどんなに濃厚な霧に囲まれたところで吸わずに済む。
「ふざけたことを!」
再度展開される霧を左の扇で祓い、右の扇で辿を打ち付ける。
「たとえ霧が防げたとしてもちゃちな見世物道具でどうにかなると思ったの?」
それを迎撃するように錫杖で辿が打ち付けてくる。
「これはれっきとした武器だ」
撃ち合うと見せかけて扇の角度を傾けてその表面で錫杖を滑らせる。
「しまっ!?」
そして左の扇の縁で辿の首を落とすべく斬りかかる。
「終わりだ!」
「うっ!」
扇が血で濡れた。
だけど
「少しおいたが過ぎるわよ」
私の一撃は首の皮1枚だけ切り裂くだけにとどまっていた。
けれどもそのことを屈辱と感じたのか辿は怒りの表情を浮かべる。
「大人しくしていれば夢の中の幸せな世界にいかせてあげたのに」
「そんなもの望んでない」
「それならちょっと痛い目にあってもらうしかないね」
「青い!?」
先ほどまでの赤い霧とは異なる色の霧が辿を中心に噴き出してくる。霧はいくらでも祓えるけれど、その変化に警戒し引き下がる。
するとその霧の中から
「おやおやー。お久しぶりですねー」
「なんで、お前はっ!」
目の前に渡来たちと決別したあの日、私が壊して、私が殺したはずの神がいた。
まさかこいつも復活したのか。
「安心して。再現しただけで本物じゃないから」
瑞の姿をしたそれは床を殴る。
「もっとも本物には劣らないけど」
その一撃で一気に足場が崩壊し、私と辿は落ちていく。




