5-X
Side 初芽
街の中央にある医療施設。死にかけた私、冬禰初芽はそこに入院していた。そこへ来訪者が訪れる。
「咲くん? どうしたのこんな夜中に」
「初芽姉・・・」
どことなく不安そうな様子で彼、春野咲葉は入ってきた。危険な物事は避ける彼だが決して臆病や心配性なわけではない。ゆえにいつもと違う何かがあったのだろう。けれど彼はそれを言いだそうとはしなかった。
「思ったよりも元気そうでよかったっす」
「奇跡的な回復力だってお医者さんにもびっくりされちゃって」
死んでいてもおかしくなかったのに、もう少しで歩けるくらいになっている。けれど今はそのことよりも咲くんの方が重要だ。
促すように目で催促した私を見て迷いながらも彼は話し出す。
「これを反杉さんに渡しておいてほしいっす」
彼は封をした手紙を渡してきた。それを受け取った私は
「ちょっ、初芽姉!」
封を破り止められる前に中を読んだ。
そこに書いてあった内容は
「そう、まさか渡来さんが」
「っ。だからあいつらを追いかけてくるっす」
そこに書かれていたのは渡来の身体にとりついた神のこと。そして咲くんは彼らを追うという内容だった。でもそれは真意じゃないだろう。
「嘘だよね。逃がしたんでしょ」
「っ! そんなことは」
ああやっぱりだ。彼は分かりやすすぎる。
「知ってしまったんでしょう。私たちがみんなに隠していること」
「なっ」
首にとがったものを突き付ける。そして私がそのことを知っていたことと合わさり二重のショックを受けたのか咲くんは絶望したような顔を見せた。
「初芽姉は知っていて……」
「当然でしょう。こう見えても私働き者なんですよ。みんなが知らないことだってたくさん知っているんですから」
そう、レジスタンスの裏側なんてとっくの昔から知っている。そのうえで未来の為の選択をし続けてきた。
「そっか。ならもうどうでもいいっす」
動く理由が亡くなったとでも言いたげに彼は私の目の前でしゃがみこんだ。それを見て
「この馬鹿!」
回復しきれてないためほとんど力が入らない。それでも私は空いた何も持ってない手で彼の頬を打った。
「何を」
「私たちがあなたをだましていたらそれで終わりなの? 殺されてもいいの? なら何かしなさいよ。できないならせめて怒って! 私はあなたにそこまで全てを投げ出してほしくない!」
目を見開いて驚く彼に思わず叫ぶ。
「でも初芽姉たちにとって敵対行動しているんすよ?」
「はっ、私たちの裏にいる神なんてくそくらえよ。反杉さんがそれが人を助ける最善策だと判断しているから我慢しているけどそうじゃなければあんなやつさっさとおさらばしてるわ」
だから私は彼に言う。
「私がとか反杉さんがとかじゃなくてあなた自身の目で見て、そして考えてきて」
前へ進めと。
「私が傷ついたときに怒ってくれたあなたならもうそれができるはずだから」
自分で決めろと。
信じるものを自分で決めた上でその人と同じ行動をとるならそれでもいい。でも彼は私たちに依存しすぎた。そろそろ立ち上がってもいいはずだ。
「分かった」
咲くんが頷いた。
「じゃあここからはお説教タイムね」
「へっ。お説教はいま――」
「さっきのはお説教じゃなくて激。そこに正座」
私の勢いに押されたのか慌てて咲くんは指示に従った。
「まず観察力が足りていませんよ」
首に突き付けていたものを見せる。
あてていたのは薄いペーパーナイフ。首の皮数枚くらいは切れるけど見えていれば脅しの道具にすらならない。
「ちゃんと見て動けないと肝心な時に何もできません。気付いていればもうちょっと落ち着いて動けたでしょ?」
「まあ」
「返事ははいで!」
「はい」
「それにもうちょっと嘘、上手くならないと駄目だよ」
「そんなに下手だったっすか」
「もう表情も強張っているし話す言葉も選んでいる様子がわかりやすすぎ」
どんどん駄目だししていく。
「そもそも私と二人きりのときにまでその口調なのがもう何かあったって言っているようなものだよ」
「あっ」
咲くんの「っす」口調は緊張している時、警戒している時になる。人見知り気味だから大抵の場合その口調なせいで気付かない人が多いけれど私や反杉さんなど特定の人物しかいない状況なら本来はならない。そのせいでつまみ食いをしたとき、いたずらをしたときとかは昔からすぐばれていた。
「この辺でいいかな。もう立っていいよ」
その後もいくつか注意した後、ようやく許しを出す。
「たたたっ」
足が痺れたらしく立ち上がった咲くんがこちらによろめいてくる。
そんな彼を私は
「いってらっしゃい。あなたの思うままに」
抱きしめ、
「行ってきます」
首に御守りをかけて送り出した。
☆☆☆
「いやいや全く感動的だね」
咲くんが出て行った後に新たに部屋に入ってきたものがいた。
「いいおもちゃですか」
「そうだね。見ていて面白かったよ」
人の思いを馬鹿にしたようにその神はにやつく。
「なんで私を生かしたんですか?」
そう私が死ななかったのは、そして奇跡的な回復を遂げているのは今ここにいる神が干渉したからである。意識を失った私が次に目を覚ました時目の前でこいつがいた。
「いやだなー。神が自分の味方になる人間を救うなんて当たり前のことでしょ」
ふざけた調子で回答を濁す。
「それにしても助けてあげた相手にくそくらえなんてひどいじゃないか」
先ほどの私と咲くんの会話をほじくり返してくる。もっとも聞いているだろうと思ってあえて言ったのだけれども。
「私は反杉さんほど割り切りよくないんですしあなたという存在を認める気はありません。必ず後悔させてあげます」
「恩を仇で返すのかい?」
それまでちゃらちゃらしていた神が強烈なプレッシャーが発せられる。数日前まで死にかけて辛うじて命が繋がれていた身体では耐えることができずに呼吸が止まりそうになる。
「なんてね許してあげるよ。僕は神様だから君ごときの戯言は笑って流してあげないとね」
そもそも私や咲くんが何をしようが無駄だと歯牙にもかけていないというのが本音だろう。命を繋がれた際に何か仕込まれた可能性だってある。
「それにいざとなったら君を盾にすれば彼は止まるだろうし邪魔なあいつの排除にも使える可能性があるからね。邪魔にならない限りは今は泳がせてあげるよ」
余裕綽々でそいつは病室を出て行った。
咲くん、信じていますよ。血は繋がっていなくてもあなたは私の大切な弟で、やればできる子だって。
そして
「私もやれることをやりましょう」
必ず人間はお前たちのおもちゃでも奴隷でもないと思い知らせる。
Chapter 5 End
Continues to Chapter 6 Side 神無




