5-3
「大体理解しました。ありがとうございます」
現実の世界に意識を戻した私は目の前の少女に向き合い、礼を言う。
「そんなことより情報をこちらにも分けてもらいたいんだけど」
至極当然の要求であるし断る理由もない。
「そうですね。まず、貴方が最初に出会った襲は私の身体にとり憑いていたようです」
「お前の身体?」
「化けていた可能性とかもありますが、貴方に使われた結びの力は紛れもなく私のものですし十中八九私の身体をそのまま使っていたのでしょう」
あくまで結びの神としての本体は私であるため、もし同時に同じ力を使った場合は私の方が優先されるだろうが、残った身体だけでもある程度の力は行使できる。復活したような様子からして一度神無に殺された後、神核の一部を逃すかまたは別の手段で意識を残して私、もしくはそれを含めた他の身体へと入り込んでいたのだろう。
「そんなことが」
「そんなことと言いましても貴方自身纏の力で人に憑いた経験があるようですし、何より目の前の私が渡来の身体を借りていますよね」
「そう言われればそうだけど」
もちろん厳密にはそれらとこの件はイコールではない。
「いくら神とはいえ他の神の身体を好き放題使えるの?」
「神には本来本質というものがあります。それを混ぜ合わせることになるため本来ならば無理でしょう」
そう、本来ならその答えはほぼほぼノーに近い。仮にやったとしても何らかの反発をもたらすか、何かあれば崩れるような不安定な状態にしかならない。
「ですが、彼は様々な実験を繰り返してきました。魂の生成、神殺し、貴方のような神喰いなどのように」
この渡来という男もそうだ。特に憑依系の能力を持たない私が無理なく身体を扱えている適正の高さ、知らなければ純正の人間ではないとは分からない人格を持った魂。
人形と襲は表現したもののそこにとどまるものではない。
そしてそれを一度放棄し、再度手にしても用が済めばまた捨てる。そのことからおそらく偶然の産物ではなく量産可能なところまで届いてるのだろう。
「重要な話は後1つだけなのでその前に枝葉の部分を終わらせましょうか」
「なら手早くして」
話すほどの内容ではない、ゆえに興味を持たないのなら飛ばしてもよかったが早くしろと言いつつも聞く気はあるらしいので話す。
「分かった残りの内容は襲の復活経緯及びこの身体の本来の持ち主が心の奥底に引きこもった理由です」
「そう。ならいい」
復活経緯は大体分かっているし、渡来には興味がないということか。敵愾心を持たれていてもおかしくなかったのでその点だけはむしろ無関心のが助かる。
「では最後に重要な話を。このままでは焔が復活する可能性は完全に消えます」
「なっ!?」
その話をした瞬間朱莉は私に詰め寄った。
「どういうことだ!」
こうなることが分かっているから最後にしたのだ。
「まず単純に1点、復活に一番必要な魂ともいえる神核が襲に奪われたことです。彼のことですからそのままにはしておかないでしょう」
自分の力に塗り替える、または何らかの実験に使うなどが予測できる。神無の力で活性化している時期だからすぐには復活不可能にはならないだろうが時間に問題だ。
「……、2点目は?」
なら取り換えすとでも言いたげな怒りの視線を感じたが、朱莉はそれよりも残りを聞くことを選んだ。
「身体の方が汚染されています」
「身体、でもそれは……まさかっ!?」
少し考えたらある程度は検討がついたらしい。
「そう襲が仕掛けていきました。今貴方のつけている赤い指輪、それは力を搾り取り、不純なものを混ぜ込んでいます」
焔の肉体を封印したその指輪は神喰いとしての能力を扱うための電池、そしてそこに取り込んだ力を混ぜ込む廃棄場と化していた。襲が抜け出す際に喰らった神の力を持っていったため汚染状況は多少下がっているもののあまりよろしくない状態だ。
「どうすればいいの」
絶望したようにうなだれる朱莉。それだけ焔が大切なのだろう。けれど対策はある。
「指輪を渡してください。私が貴方と焔を結び直します」
「結び直す?」
「貴方は焔の側近で力をわずかですが分譲されていたのですよね? 襲がゆがんだ形に結んだそれを正しく結び直せばそれで少しずつ浄化していけます」
「焔様は助かるの?」
「神核の問題もあるから時間稼ぎ程度にはですが」
すがるようにこちらを見てくる。そして指輪を差し出そうとしていたが
「お前が騙していないという保証はどこにある」
彼女はそれをひっこめた。もっともだけどそんなことに付き合うつもりもない。
「保証なんてないですよ? 騙すつもりはないですが信じてもらえるほどの縁も結べていませんし。今は私と襲、どっちのがましだと貴方が考えるか次第です」
「……。っ! 頼む」
しばらく悩んだ後、朱莉は辛酸を舐めたような顔で指輪を差し出してきた。
「貴方と貴方の主の絆はとても強いものだったのですね」
受け取った指輪を眺める。歪な結び方をされているが並の関係で結べないようなしっかりとした縁が焔と朱莉に結ばれているのが感じられた。
「はあああああああ!」
赤い宝石に手を当て中身をかき混ぜるような感覚で無理やり動かしていく。幾重にも絡みついた因果を力ずくで解き、正常な絆へと結び直していく。
「はあ……はあ……はあ……。どうぞ」
数分後、息を切らした私は朱莉に指輪を渡した。
「これはっ」
「前より少し近くに感じるようになったのではありませんか?」
朱莉がはめ直したその指輪は宝石の内部で炎が燃えていた。歪んで発揮できていなかった焔の力もある程度戻せたらしい。
「そうなのかな」
不安げに、でも嬉しそうにそっと反対の手を指輪の上に被せた。
「今の状態なら貴方は少しだけ焔の力を使えるでしょう」
「本当に?」
告げた一言に驚きの表情を見せる。
「なんなら試してください。軽くお願いします」
そう言ってみると朱莉はおそるおそる何かを念じるような表情で指を伸ばす。するとその指に炎が灯った。
「あくまで身体と貴方との絆で発現しているだけの力なので本来の焔の力に比べると大分弱いですが今の貴方にはその力が一番いいでしょう」
「ええ」
酷く素直に返事がきた。それだけ失った主人を感じるものができることが嬉しかったのだろう。
ただ、言っておかないといけないことがある。
「神喰いの力は極力使わないようにしてください。瑞が暴走するのを見たでしょう? 異なる神が1つの身体に競合するのはあまり好ましいものではありません。それが汚染の原因にもなっていました」
警告すると暴走の記憶はあるらしく黙って素直に彼女は頷いた。もしかすると彼女自身が暴走しかけていたときのことも浮かんでいたのかもしれない。
「もし、焔の復活を諦めてでも敵を倒したいと思ったときは別ですが」
「そんな日は天地がひっくり返っても来ない」
一応伝えておいた悪魔の囁きのような言葉。それをきっぱり否定してくれたことに安心した。
結んだものが解けたり切れて、永遠に離れることはいくらでもあるけれどできることなら私はそれを見たくない。




