5-1
side 渡来?
「いい加減元気出したらどうっすか」
とある町の宿屋、その一室に籠る私に春野という男が声を掛けてくる。
御堂神無がここから去ってしまったことに私がショックを受けて塞ぎ込んでいる、そう思われているらしい。
本当は今がどのような状況か分からずに様子を伺っているだけなのだが。
「そうだな。実は頼みがあるんだ」
そう言って連れてきてもらった先は
「本当に二人きりで大丈夫っすか?」
「そうでもしなきゃ話してもらえないだろうしな」
街の隅にある拘留所。そこの一室の鍵を借りて春野と別れる。
「お前は。確か渡来?」
入った先に足枷と重りを括りつけられて自由を奪われた少女がいた。たしか朱莉と言っただろうか。
「貴方にお願いがあるのですが」
こちらを怪訝そうに見ているが単刀直入に本題を切り出そうとする。けれどもそれを遮られる。
「お前、そんな雰囲気だった?」
「そうそう。私は渡来ではなく紬と申します」
交渉しようとするうえで勘違いさせたままでは不誠実だ、そう思い名乗る。
そう私は渡来と呼ばれる人物ではない。
気が付いたらこの体にいた。
本来は死んだはずの神であった。神殺しの手によって。
しばらくは状況が分からずに様子見だけしていたのだが彼が自身を拒絶し、自らのうちに引きこもってしまい、それに押し出される形で表層に出てきてしまった。
「あいつじゃない?」
「ご存じありませんか。結びの神だったものですが」
名前だけでは通じなかったらしいのでそれ以上のものを明かしてみる。若干嫌な予感がするものの話を進めないとここに来た意味がない。
「どの面下げて!」
怒り心頭。こちらに詰め寄ろうとして枷に引っ張られて倒れる。
やはり何かあったらしい。けれど私にはそれが分からないし知るためには彼女の手助けが必要だ。
「私が貴方に害をなしていたのなら申し訳ありません。ですが、私はここしばらく記憶がないのです」
「ふざけたことを!」
馬鹿にしてると思ったのだろうか。先ほどの二の舞にならぬように飛び掛かってこそこないものの余計に敵意を感じる。だからそこに爆弾を投げ込む。
「襲という神のせいで神殺しに殺されたはずでしたから」
朱莉は仕えていた神を神殺しに殺されたうえで襲に利用されたらしい。この話をすれば状況は変わると思った。
実際、怒りの剣幕が抑えられてこちらを探るように見てくる。
「私のお願いを聞いてくださるのであれば貴方をここから解放します。その許可はいただきました」
「……そのお願いは何?」
しばらく悩んだ結果彼女はこちらの要求を聞こうとした。このまま捕まっているよりはましだと思ったのだろう。無理やりな交渉だけど仕方ない。
「まず1つ。私はこれから襲の元へ向かいます。おそらくそこには神殺しも向かっているはず。私一人で行くのは自殺行為だ。ゆえにあなたに同行して協力して頂きたい」
「どうして私に?」
「敵の敵は味方と言うでしょう」
共通の対立存在。それは協力する理由になる。まして「彼」には助けが必要だが、今見込めるのは彼女だけしかいない。
「むしろ願ったり叶ったり」
訝し気にこちらを見つつ言葉に反してしぶしぶと言った様子で私の提案を彼女は受けた。
「もう1つ、どうやら貴方には私の力が作用しているようだ。そこに刻まれたものとそれが作られてからのあなたの記憶を読み取らせてほしいのです」
そうなぜか彼女には私の「結びの力」が使われていた。しかもそう遠くない時期に。
その疑問の解決と現状の把握にはそれを利用して彼女と同期するのが一番早いし情報が多い。
この体の主が引きこもった原因も彼女は見ていた可能性が高いのだから。
「また私を操るつもりじゃない?」
「そういう意図ならとっくに実行しています」
本当は今の力ではそのようなことはできないけれどそれを知らない朱莉にはこうした方が信用されるだろう。脅すような言い方になってしまったが仕方ない。
「分かった」
「ありがとう。じゃあまず君を解放するよ」
同期するだけなら彼女が拘束されたままのが都合がいい。けれどこの後の信頼関係を考えるのなら先に対価を支払ってからのがいいはず。
もし彼女が私を敵としてみたままの場合解放した瞬間に攻撃を仕掛けてくる可能性はある。ゆえに警戒はしながらだったが彼女は自由になっても大人しく私の前に立っていた。
「さっさとやって」
「じゃあ始めるよ」
朱莉の頭に手を伸ばす。不快そうにこちらをにらむが抵抗はされない。
「汝、我に紡ぎし時を重ね給え」
朱莉がはめた赤い宝石の指輪、そこから光が放たれ私と彼女を包み込む。
そしてそのまま私の意識は彼女の記憶へと飛んで行った。




