4-1
side 神無
「俺も知らなかったんだ、こんなことは」
慌てて手を振る渡来。その表情は本当に必死で本当なんだろう。
「許してくれとは言わないよ。ただ――」
「来ないで!」
その一言で渡来の足が止まる。ひどく悲しそうな顔をして。それでもこちらに来ようと踏み出しかけてはその足が戻る。
「別に裏切られたなんて思ってない」
そう、私はあなたにあえてよかった。こうなったことに恨みなんて何もない。今言ってることが嘘だったとしてもよかった。
「だから私はあいつを殺す。これは私が神殺しだからじゃない」
これは私の清算だ。私がケリをつけないといけない。
×××
「ここは?」
見覚えのない天井。それ自体はあまり一か所に長くいないために珍しいことじゃないけど今の場所に心当たりがなさすぎる。
「いたたっ」
起き上がろうとすると胸部に痛みを感じた。とともに倒れる前のことをぼんやりと思い出す。
嵐相手にはたまたま乱入者がいたからそれの隙をついて勝機ができたけれどあの状況は私の負けだ。
そして瑞相手には傷1つ負わせることもできずにやられた。いや再生されたんだっけか? はっきり思い出せない。
けどそのうっすらとした記憶が確かなら相当厄介だ。神本来の再生力程度なら私が与えた傷はすぐには完治しない。能力かそれとも別のからくりがあるのか、いずれにせよただでさえ圧倒された嵐の戦闘力にこちらの攻撃で負傷させることすらできないとしたら万全でも勝機は限りなく薄い。
いやそれよりも
「なんで生きてるんだろう」
瑞は狂っていた。あの状態で私たちを見逃すようには思えないし、私を連れて渡来が逃げ切れたとも思えない。
そもそも渡来に聞いていた話が正しいのならば戦場で暴れるタイプではないはず。嵐が死んだことによりその力が戻り、統合したとしてそこまで豹変しないはず。おそらく――
「お、起きたの?」
テントの入り口が空いて誰かが入ってくるのを見て身構えたけれど、渡来だったのを見て力を抜く。
「調子はどう?」
「多分後1日くらいは戦闘は無理。それよりもあの後どうなったの」
1日ってどうなってんだよ、呆れたように溜息をつきながら渡来は現状を説明してくれた。
「そういうわけで一時的に手を組むのもありとは思っているんだけどどうする?」
反杉たちがレジスタンスで助けてくれたこと、そして協力提案をしてきたことを
「乗った方がいいんだろうけど……」
そうしないと厳しい状況だし、多分反杉たちはある程度信用できるだろうと頭では分かっている。それでも正直信じるのが怖い。
「なら断ってもいいよ。俺が話をしとく。明日くらいまでここが使えるようにするための時間稼ぎ交渉くらいはしてみるさ」
それに続く気持ちを察してくれたように渡来が立ち上がろうとする。
「ってどうしたのさ」
「えっ?」
言われて気が付く。私は渡来の裾を掴んでいた。なんでだろう。
自分の無意識の行動に戸惑いながらもごまかすように問いかける。
「乗った方がいいと思うんだよね?」
「まあ、どちらかと言えば。このままとんずらして瑞たちとははいさよならとかならいいけど。そうする気はないんだろ?」
瑞に再戦を挑むところまで読まれていたのか。
「いいよ。組もう」
ああ私こいつを信頼していたんだ。勝手についてきて、助けてくれて、鬱陶しいと思っていたけど私の心を助けようとしてくれて。それだけできっと私は――
「ただその前に話をしよう。聞きたいことあるんでしょ? 全部は無理だけど答えてあげる」
ならそれだけの誠意を示そう。別に裏切られてもいい。もう1度私に誰かを信頼させてくれただけでも嬉しかった。
それに……『神喰い』まで出てきた以上情報の共有は必要だ。
「いいのか?」
「うん」
再確認されてうなずく。
「ならまず『神殺し』ってなんなんだ。それに朱莉ちゃんが嵐を喰らっていて、纏の能力を使っていたけどあれはどういうことなんだ」
「『神殺し』は文字通り神を殺せる存在ってそこは言うまでもないよね。あまり詳しいことは言いたくないけど神が神を殺そうとした実験の結果が今の私」
ショックを受けたようでそれでいて納得したような様子を見せる。察しのいい渡来のことだ。多分私が元々は『神殺しでなかった』ことは前に人間相手に衝動的に攻撃を仕掛けたことで可能性を考えてはいたのだろう。
「その神は?」
「殺したよ」
渡来は信頼できる、そう考えても『あいつ』のことは話したくないし記憶から消してしまいたい。
「すまない」
「別に」
顔に出ていたのだろうか。謝られてしまった。
「攻撃できる対象としては神及び、神の力を一定以上得たもの。殺せる対象はそれ以上に制限があるみたいだけど自分でも線引きが分からない」
殺せなかった相手が更に神に近づいた結果殺せるようになったこともある。だからきっと私が殺せる範囲が神とその力を得すぎた人間の境目なんだろう。実の話焔の側近だったあの女はあの時殺せると思ったのに殺せなかった。
「そして、朱莉だったっけ? あの女はいつの間にか『神喰い』になってた」
「『神喰い』?」
「文字通り神を喰らう存在。その前に『神核』について説明しておいたほうがいいかな。」
胸元からそれを取り出そうとするがこっちを見たままの渡来がいて
「見るな!」
思わずビンタをしていた。していたけど効果はなくて
「ごめんごめん。ただ先に言ってよ」
真剣な状況ゆえにか渡来は茶化さず後ろを向いてくれた。
「これが『神核』」
「あの時の」
手元に取り出した小さな宝石のようなもの。多分私が嵐に貫かれた時に見たのだろうか。渡来が若干反応する。
「神が死んだときに生成される核。これがあって条件が整えばたとえ死んだとしても神はやがて復活する」
「ならそんなもの持っていちゃ危ないんじゃ」
確かに持ち運んでいて復活されたら即敵対でしゃれにならない。けれど
「『神殺し』は一時的に殺すだけじゃなくてその核を長期的に体内に封印しておくことで完全に消滅させられる。そこまで含めての『神殺し』」
そして仮にも神の一部だからそれが嵐の攻撃を防いだことで何とか命を拾った。
「『神喰い』の説明に戻るけど、『神喰い』は神を喰らい消化後に神核を作り出せる。そしてそれを自分の力にできる。多分、纏の残滓か何かを喰らったんだと思う」
本体を倒して終わったと思っていたけれど、憑依能力ということを考えればバックアップくらいあってもおかしくなかった。そこに気が付けなかったのは甘かった。
「神核は例え取り込まれていても神の力そのものみたいな感じだから奪い取れたけど、まだ喰らったばかりの嵐の分のはできてなかったからきっと後でその力を手に入れるんじゃないかと思う」
「うへえ」
嵐の力を得た瑞単体でも厄介なのに、それに近い能力持ちがもう1人敵になるのは嫌気がさすのは分かる。ただ、あの時点でまだ人間の域にとどまっていた朱莉を殺すことは私には不可能だったし、消化前の状態では奪うことはできない。そしてあれ以上あの場にいる余裕もなかった。
嵐の部下たちが上手く拘束してくれるのを期待するしかない。
「1つ気になったんだけど、朱莉ちゃんは神の力を使えるのにその身に封印している神無ちゃんは使えたりしないの?」
「能力そのものは使えない。不本意だけどあるだけで若干治癒力くらいは上がってる。ただその力に頼ると封印して弱らせた神核が回復していく」
これも命拾いの要因だった。非常に遺憾ではあるのだけど。
「それと別に利用法はなくもないけど使いたくないし多分使わない」
「なら、それでいいよ」
状況的に使えるものは全部使うべきであるはずときでの、私のワガママのような一言。渡来はそれを即座に受け入れてくれた。
「他の疑問は?」
「んー。いいや」
「いいの?」
気になることもあるだろうし、話してないこともいくらでもある。
「この状況で必要なことは話してもらえたし、何よりまだしんどそうだよ。元気になって話したくなったら話してくれな」
―話したくなったら―これ以上は私ができれば話したくないことに踏み込むと気が付いたのかもしれない。
「協力の受け入れ伝えてくるけど時間は稼ぐよ。もう少し安静にしてな」
ぽんと頭に手を置かれる。戸惑う私にそれ以上構うことなく出ていくのを見て私はもう一度眠りに落ちた。




