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「じろじろ見ないでほしいんだけど」
嵐と戦ったところから少しは流れた岩陰で神無ちゃんの傷を確認する際に、釘を刺されるが如何せん胸を抉られた傷を治療する以上そういったところを見ないわけにもいかない。
「そもそもそんな大層なものでもないだろ」
ないとまでは言わないが最初に見た時のコートで全身を覆い、顔を隠した状態では少年と見間違えるほどの体つき。
「っ!」
「はいはい。怒れるのならまだ大丈夫なんだろうけど傷が開く。動くな動くな」
神無ちゃんが俺をはたこうとするがその動作だけで傷が痛んだらしく胸を抑える。そもそも神じゃない俺を攻撃できないだろうに無茶してどうするんだか。
緊張していた身体の力が抜けて、むくれた顔をする神無ちゃんをいなしながら傷の治療をしていくうちに疑問が浮かぶ。
この傷は致命傷かそれに近い。そうじゃないにしてもしばらく立ち上がれなかったとはいえ戦闘行為なんてできる状態ではなかったはず。
いや、疑問は増えたというべきか。
神無ちゃんが胸を貫かれた時に零れ落ちた宝石のようなもの、神の力を使い更には神を喰らった朱莉ちゃん、そしてそれを化け物ともまだ人間とも称した神無ちゃん。
神無ちゃん自身はそれぞれをの意味を分かっているようだった。
そもそも神殺しってのはなんなんだ。人知を超えた存在である神を殺せるというだけでも異常なのにそんなことができて人を殺せないってのはどう考えてもいびつな存在すぎる。
正直その力よりも神無ちゃん自身への興味半分でついてきただけだし、話したくないなら別にいいと思っていた。
けれどそれでいいと思えるような範囲を超えつつあるし、何よりこのままだと神無ちゃんは破滅に向かう気しかしない。そして俺はそうなってほしくないと思えてきている。
そのためには
「なあ」
「おかしい」
「どうした?」
疑問を問いかけようとしたところで神無ちゃんが首をかしげる。
「ねえ。なんで戦闘が終わらないの?」
その言葉にはっとする。好戦的な嵐は死んだ。その状況で主君亡き今その配下がそのまま戦闘を続けようとするだろうか?
そして相手側も平穏を望み争いを好まないはずの瑞。つまり戦闘が続いているということは想定外の自体が発生している可能性が高い。
「ちょっとここで待ってろ」
何かあったら逃げろ、そう言おうと思ったけどもし仮に戦うことができる相手(神)がいた場合神無ちゃんは逃げない。だから言うだけ無駄だと気が付きそこで言葉を切る。
「なんだよ、これ」
戦場ではただ一人の女が蹂躙していた。向かってくるものを薙ぎ払い、隠れようとした岩ごと砕き、まるで嵐を思わせるような暴れっぷり。けれど身にまとう雰囲気は張り詰めたものであった嵐のそれと真逆のもので。
「なあ、何してるんだよ。瑞様」
「いえいえー。ちょっと戦ってみたくなりましてー」
この状況で言葉を取り繕う気にもはならずに話しかけた俺に対して、本当に戦闘をしているのか、そう疑いたくなる穏やかな様子で今回侵略されていた側のはずの神は周囲にいた最後の1人を投げ飛ばしながら笑う。その笑みは前に対面したときに一瞬だけ見せた威圧感以上にぞっとするものでおぞましさすらあった。
「あんたの本質はどうした」
「私は私のー。神としての存在通りに動いているだけですよー」
理解ができない。けど、1つ言えることがあるとすればこのままの状態の瑞と出会った場合神無ちゃんは殺しにかかる。勝ち目なんてないボロボロの状態でも。だから時間を稼げ、策を練れ。
「この戦闘があんたの本質なら、あの町はなんだったんだよ。安らぎの町とすら呼ばれたあの町を作り上げたあんたがどうしてこんなふうに変わったんだ」
「強いて言えば御姉様を殺されたからですねー」
完全に油断しているし駄目元玉砕特攻? いや俺が何をしたところで神無ちゃんと違い、神を殺すことはできない。残された手段は隙を見て逃げ切り、振り切った上で神無ちゃんを瑞と遭遇させないまま離脱するくらい。
けれどそんな考えは無駄だった。
「要するに姉妹じゃなくて元々は1人だったってこと?」
「神無ちゃん、なんで……」
突如入り込んだ後ろからの声に振り向くと神無ちゃんが刀を杖にして立っていた。何で来たと言いかけるも、言っても無駄だしここで来てしまうのが神無ちゃんなんだろうと分かってしまった。
「その通りですよー。御姉様の魂が私に戻ってきたのでー」
神無ちゃんの言ったことは最初理解できなかったがそれに補足する瑞の言葉っでようやく流れをつかむ。
「『制圧』の神が分離して『戦乱』の神と『平穏』の神になったってことか」
相手を叩き潰したうえで支配し、そこを落ち着ける。その二つを分けることでより乱暴に見える神とより穏便な神に見えた。それだけだったのか。
何か偶発的な自体によって起きたことだったのか、それとも目的があって自ら分離したのかは分からないが嵐の暴力性が戻ってきたがゆえに瑞は暴れた。
「昔はー。もうちょっと自制できたと思ったんですけどねー。久しぶりなせいかー。どうにも暴れたくなりましてー」
首をかしげる瑞。そして俺たち二人を見比べたかと思うと。神無ちゃんの方を見てにこりと笑いかけ
「でー。御姉様を殺されたのはそちらの子ですよねー。お力を――」
喋りながらその場に砕けていた岩を拾い、神無ちゃんの方へ投げつけてきた。
「神無ちゃ」「はああああッ!」
慌ててそちらに反応する俺だったが、その時にはもう神無ちゃんは動いていた。大怪我を微塵も感じさせない身軽さで飛んできた岩を踏み台にして高く飛び上がり瑞に斬りかかる。その一撃を瑞は
「ほー。凄いですねー」
片腕で防ぐ。が、斬り飛ばしこそできなかったものの、神無ちゃんの太刀筋は嵐よりも細いその腕の真ん中ほどにまで達しており完全に片手を潰していた。そのまま二撃目を放ち仕留めようとする神無ちゃんだったが
「けれどー。その程度で御姉様を殺されたのですかー?」
「なっ」
半分くらい斬りさいたはずの腕の傷口が瞬時に再生し、今度こそ刀を受け止める。神無ちゃんの一撃は神特有の再生力を無視、あるいは削減したダメージを与えるはずだしこれより軽い傷だったはずの嵐も傷の治りの遅さを自覚していたはずだというのに。
神殺しとしてそんなことがあり得ると思っていなかったのだろう。その光景に一瞬神無ちゃんの動きが止まってしまう。そして満身創痍の神無ちゃんにとってそれは作ってはいけなかった隙で
「やあああああ!」
刀ごと引っ張られ、神無ちゃんの身体が浮いたところに瑞の強烈な拳が突き刺さる。それをまともに受けてしまった神無ちゃんはかなりの距離を吹き飛ばされた。そしてそのまま起き上がろうともしなかった。
「神無ちゃん! 神無ちゃん!」
近寄って声を掛けたもののピクリとも反応しない。幸い死んではいないようだが完全に意識を失い、更には傷痕に巻いた包帯が再度傷が開いたのか真っ赤に染まっている。
しかも嵐がこちらに迫ってきていた。止めを刺そうとでもするように巨大な岩を片手で持ち上げながら
「つまらないですねー。まあでもー。御姉様の敵討ちくらいしといて」
「てえぇ!」
突如、爆発音が鳴り響いたかと思うと瑞の身体がのけぞり、その手から岩が落ちて土煙がたつ。けど、この音はまさか
「おい、あんたらこっちだ!」
直前の音と突然の声に逡巡するが藁にもすがる気持ちで俺は神無ちゃんを背負い、その声の方へと走り出した。




