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「ちょ、待って落ちる落ちる落ちる!」
「しっかり掴んでなって言ったよな!」
俺は神無ちゃんを後ろに乗せて戦場を馬で駆け抜けていたが、落ちそうになった神無ちゃんが落ちそうになって必死に俺の服の裾を掴んでいた。
こうなった経緯は極めて単純な流れである。
神無ちゃんは神以外に攻撃できない
→手綱を引く、足を入れる、鞭を打つなどの馬を誘導する方法が大半が攻撃になってしまうために馬を任意の方向に誘導できない
→仕方ないから俺の後ろに乗るけど俺にくっつきすぎるのを嫌がりそっと掴む程度にしていた
→当然ながら戦場で安全運転なんて出来やしないわけで振り落とされそうになる
忠告したんだけどね。そもそも落ち着いた場ならば攻撃と思われない程度に抑えることで乗馬できるけど、戦場でそれは無理だからということで俺の後ろに乗ったってのに。
お姫様抱っこがとか小声で言っていたし、前の町の一件を根に持っていたっぽい。
瑞の指示通り極力彼女の配下が敵を分散させてくれているとはいえ、当然全く邪魔が入らないわけがない。神無ちゃんは人間相手に攻撃できないわけで立ちふさがる相手がいた時は俺が手綱から片手を離して対応することになる。そうすると更に揺れるわけで
既に神無ちゃんの身体は半分くらい馬から離れていた。
「むりむりむりもう落ちる!」
「ちょっとだけ我慢しろ!」
若干周囲に敵がいなくなったタイミングで馬を跳ねさせる。と同時にその一瞬で両手を使い引き上げる。
「ひゃあ!?」
神無ちゃんが可愛らしい声を出したけど聞いてる余裕はない。馬を誘導する必要がない滞空時間の一瞬で引きずり上げたもののこの体制は動きづらくなっているし着地をミスれば大怪我する。
「ちょっ、ちょっ、なんでひ、抱きしめて」
「っ! 手離すなよ!」
着地前に馬の体勢を立て直そうとしたその時、視界の隅に何かが見える。
「えっ、なんで!?」
俺は引き寄せて受け止めかけていた状態から身体を捻り、目の前に来ていた神無ちゃんをそのまま投げた。と同時に自分も馬の鐙を蹴り、飛ばされる神無ちゃんに引きずられるように飛んでいく。
「いたたたたっ」
神無ちゃんが手を握っていてくれたおかげでそのまま再度引き寄せて抱きしめながら地面に落ちることに成功した。全身が痛いけど非常手段だししゃーなしだ。
「何てこと――」
「随分面白い登場をする二人組だな」
顔を真っ赤にしながら俺に文句を言おうとする神無ちゃんだったが、掛けられた声とその主、そして少し離れた位置に落ちている『馬だったもの』を見て身構える。
「お前が嵐か」
「その通り。我こそがこの軍を統べる戦乱の神。嵐だ」
女性の神でありながらも俺以上の巨体を誇る背丈の神は短く刈り上げた青髪を纏い、その背丈を優に超える斬馬刀を拾い上げてから名乗りを上げた。
先ほどの一瞬、何かが飛んできたのが見えて咄嗟に神無ちゃんごと馬から逃げたのだが、その判断は正解だった。投擲物(斬馬刀)はその名の通り『馬だったもの』を上下二つに真っ二つにしていたのだから。
「お前を「あなたを倒しに来た」
痛みをこらえ、殺しに来たと神無ちゃんが喋ろうとするのを遮る。
今回は別に神殺しは必須条件ではない。むしろ瑞の姉という関係を考えたら殺さないで終わらせるのがベストだ。もちろん神無ちゃんには言ってないし、殺す気でやるだろうから選択肢を残る程度でしかないけれど。
それでも状況次第で取れる手段は多いに越したことはないし、もし負けてしまったときにも殺しに来たというよりはましな結果になるかもしれないし。
「たった二人で我を相手どろうとは言い度胸だな」
「二人じゃないさ。一騎打ちだ。彼女があなたを倒す」
やはり嵐は性質上こういうのはお気に召すようだ。
「で、こちらが勝ったら妹さんと和解してくれ。負けた場合差し出せるものは命程度しかないけど人間相手のハンデ代わりってことでどうにか」
「ほう」
関心を見せるうちに話を付けに行く。ってか時間かかると痛みでまともな交渉なんてできなくなりそうだからせめてこの場くらいは整えたい。
「ってわけで後ろにいる人たち引っ込めてくれないかな? 神様。俺と一緒に見物人ってことで」
「気付いていたか。出て来い」
嵐の呼びかけとともに近くの岩影から2人の男と1人の女が出てくる。
「そいつを逃がすな」
彼らが俺の方に来るのを見て神無ちゃんが間に入ろうとするのを首を振って静止する。バカだな、こいつら人間だろうし君じゃ何もできないでしょ。
そして俺が囲まれるのを見て嵐は話を続けた。
「面白い話だ。だが条件が2つある」
「よっぽどのことがない限り受け入れるよ」
そりゃこっちの都合よすぎる話だし条件も付くだろうな。
「1つ。負けたら命を差し出すと言ったな。我が勝ったら貴様らを捕虜とさせてもらう」
「いいよ。それくらい」
神無ちゃんの顔が歪むがそれも止める。神の捕虜なんてそりゃまっぴらごめんだろうけどさ、逆に言えば相手は殺す気はあまりなくなる条件で好都合だ。
「2つ。名を名乗れ。それすらできぬものには戦う価値などない」
「御堂神無」
想定外の要求に戸惑う。緩すぎる要求だ。ただ神を憎む神無ちゃんが聞き入れるだろうかと一瞬で考える。
けれど、どうする? そう聞くまでもなく神無ちゃんは即答した。死ぬ間際の相手でもないし、偽名でもない。神を嫌悪していても決闘をする以上は筋を通そうということだろうか。
「渡来偶人だ」
神無ちゃんがOKなら俺が隠す理由もない。
「よしじゃあ交渉成立だ! 渡来を治療してやれ!」
緩い要求しか通してないのに嵐がニッコリと笑う。どころか俺の治療まで命じてくる。
なるほど、戦うことを本質としているけれど、暴力的なわけではなく、むしろ自身の望む決闘をもたらす俺たちを面白いと思い歓迎までしているのか。決闘の成立までは行けると思ったけれどここまでとは想像外だった。
簡単な俺の手当てが終わった後、相対する神無ちゃんと嵐。ナイフも弓も一騎打ちでメインに使うには不向きなこともあって神無ちゃんには瑞から借りてきた刀を渡してある。
「じゃあこちらから行くぞ!」
先に動いたのは嵐だった。
振り上げた斬馬刀が地面を砕き、その衝撃で土塊が神無ちゃんを襲う。
「そんなもの」
けれど舞うような動きの神無ちゃんにそれはかすりもしない。時として一瞬で崩れてしまう礫すら足場にし、神無ちゃんは接近していく。
「やるな! けどこれならどうだ!
嵐は斬馬刀を横薙ぎに振り回す。強力な一撃だけどあの土塊を難なく避けた神無ちゃんがそんなもの食らうわけがない。
横薙ぎの斬馬刀の下をくぐる。そしてそのまま嵐の胸部へと斬撃を繰り出す。本来神はその程度でほとんどダメージを受けない。
ゆえに受け止めてから反撃するだろう。
つまり神殺しの一撃が急所を抉る以上決着、
「なっ?」
しなかった。
神は斬馬刀から左手を放し、空いた腕でそのまま自らの胸部を守る盾にした。そんなことすれば反撃が遅れるというのに。
更に右手一本で斬馬刀の腹の部分で再度横薙ぎを放つ。刃の部分でないがゆえに致命傷にはならないものの面が広く攻撃を受け止められた直後に回避しきれる攻撃ではない。
「くうっ!」
神無ちゃんは咄嗟に軽く飛び跳ねて足の裏で斬馬刀の腹を蹴った。そしてその勢いに飛ばされて距離を取る。が、やはりノーダメージではないようだ。一瞬膝ががくんと折れ曲がった。
「治りが遅い。我に挑むだけの根拠はあるということか」
「っ!」
嵐は自らの浅い傷口一つで神無ちゃんの特異性を若干とはいえ見抜いたらしい。しかも身にまとう筋肉ゆえにか腕一本を潰しきるほどのダメージすら与えられてないらしい。
相手が理解してないがゆえの神殺しの一撃必殺性は既に効力を半減し、更に足の負傷。盤面は完全に神無ちゃんが不利だった。




