2-7
「おらよっと!」
「みんなこちらに! 押さないで慌てずに!」
破壊される街、そこの中心部へと走って行った先に移る光景は操られる住民が他の人を襲う地獄絵図、ではなかった。スリの少年を捕まえてくれた反杉が暴れる操られ人を投げ飛ばし、彼に初芽と呼ばれた女性が避難誘導をしていた。
「おっと、先ほどの嬢ちゃんか。ここは危ねえぞ。他のやつらと一緒に逃げろ」
「おじさん。どうしてこんなことを。この街の人じゃないでしょ? あなた」
一目見た時から分かっていた。彼はどうみても自分の意思を殺して神の支配に甘んじているような人物ではない。この街の外から来て一時的に滞在しているだけだろう。つまりこんな異変が起きたらさっさと出て行っても何の後腐れもないだろうに
「困っている人がいたら助ける。当たり前の話だろ?」
「私としては面倒ごとに巻き込まないでほしかったんですけどね」
「そういうなって。後おじさんは勘弁してもらいたいなっ! とっ!」
背後から迫ってきていた操られる人を取り押さえながら反杉は笑いかける。すかさずそれを縛り上げる初芽が不満を口にするが、こちらも言葉とは裏腹に穏やかな表情であった。
その当たり前を、当たり前と笑って実行できることがどれだけ難しいことか。
けれどそのことへと驚いていられる余裕はないし、反杉も私の不信さを見逃してはくれなかった。
「で、そういうお嬢ちゃんこそこの状況で落ち着きすぎじゃないかい? 今がどんな状況か分かっているのなら説明してくれよ」
「それは――」
馬鹿正直に神様を殺しに行きました。形勢不利な状況で感情的に煽りました。神様ぶちぎれました……、なんていうわけにもいかない。この状況を作り出したと周りを敵に回す可能性があるし、そもそも神殺しなんて存在は導火線に火が付いた爆薬みたいなものだ。神を信奉する人々は敵対するかもしれないし、逆に敵対する人がいたとしたら利用しようとしてくるかもしれない。すぐ立ち去れる決着のついた状態ならともかく騒動の真っ最中ではそうもいかない
「なあに。神様御乱心。そしてそこのお姫様がここから華麗に解決するだけの話さ」
「お前!?」
「悪いな、ちょっと見つけるのに手間取った」
上の方からふざけた物言いをするバカがいたと思ったら渡来だった。いや第一声でもう分かっていたけど。
「そんなふざけた話を信じ――」
「信じて、いいんだな?」
初芽がこちらへ一歩踏み出してくるのを反杉が遮る。ああ、鋭いくせにお人よしだな。けれどありがたい。
「絶対は保証しないけどね」
「じゃっ、まっ。反撃と行きましょうか。お姫様。そしてここは頼んでいいよな。おっさん」
「「お姫様はやめろ!」」
反杉とともにわざとらしい呼び方にツッコミを入れた後、その場を離れ別の場所へ移動しようとするが
「ん?」
あるものが視界に入った。
☆☆☆
「さてどうするよ」
「おい、わざわざ人をあの場から連れ出しといて無策か」
「そりゃもう。神殺しは君の領分だろ? 餅は餅屋。専門家に任せるもんさ」
責任丸投げの姿勢に呆れるが、言っていることは間違いないし、何より今はこいつに任せるわけにはいかない以上、私が主導するしかない。
「これでもゲスな野郎の相手は慣れている。人間を面白半分に玩具にするようなやつらは絶対に自分がそれを見られる位置にいる。だから一瞬でいい。操られた人たちから見えない1点、そこから私を隠して」
渡来とすれ違う瞬間に耳打ちする。と同時に自分の心のスイッチを入れる。
「いくよ」
「はいはい」
そして暴れている操られ人達の中に飛び込んでいく。ただし、今回は憑依体を殺さない。一瞬の隙を狙うために両手が弓矢でふさがれているため、攻撃する余裕はない。ただ身体に染みこんだまま舞い、攻撃を避けていく。
「オラァ!」
私がしゃがみ込んだその瞬間に渡来が憑依体の1人を殴る。神殺しではない彼のただの打撃では憑依は解けないが、視界はふさいでくれた。同時に渡来の陰に入った私は誰からも見えない。ずっと狙っていた渡来に背後から矢を放つ。
「何で分かったんだ」
胸に矢を受けた纏が地に膝をついている。そう、神は渡来の姿に化けていた。
「お前みたいなやつは絶対に私たちが見えるところにいる。だから最初はお前に言った通りそういったところにいるはずと賭けて狙い撃つつもりだった。けれどお前に親を操られた少年が教えてくれた」
反杉たちのもとを離れる瞬間に見えたもの、それが真実を教えてくれた。そこにいたのは親を助けてほしいと願った少年。
彼は必至な表情で渡来の方を指さしてからバツ印を作り、首を振っていた。危険を冒して偽物だと教えてくれに来ていた。
もちろんそれが本当か確証はなかったし、ちゃんと話を聞けたわけではないから私が読み違えた可能性もある。でも私の攻撃は相手が人間ならノーリスク。試してみる価値はある。
渡来が操られていただけの可能性はあるが、そこは私を嘲笑いながら間近で見ていられる特等席。本体が来ていることに賭ける価値は十二分にあった。
だから確実に仕留められるその瞬間を作り出した。
「変身能力なんて見せてなかったはず」
「人間遣いならそれくらいできてもおかしくないと思った」
神の能力は超常的なもので極めて定義が曖昧なものが多い。例えば「人間の姿」だけを使うことくらいむしろできないとは思わなかった。
「結局人間を理解はできなかったみたいだけど面白かったよ、甘楽。また――」
「もう黙れ」
最後まで見せたのは悪意ではなく歪んだ愉悦。これ以上付き合う気はない。呼ばれた偽名を訂正することもせず、心臓をナイフで突き刺した。




