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「くそったれがぁぁぁ! てめえら、緊急事態だ! 聞き返す暇なんてねえぞ、即座に理解しやがれ!!」
何でこんなことになってんのかなぁ……。目の前には完全たる殺意を俺に向ける獰猛な獣。……獣? こんな動物見たことねえよ。
「手分けして怪我してるヤツ外に出せ! 生きてるなら助かる見込みのねえヤツもだ!」
くそっ、また来やがった! 突進してくる獣を盾を構え真っ正面から迎え撃つ。が、盾と鎧を合わせるとかなりの重量を誇る俺をいとも簡単に吹き飛ばす。知ってるか? 人間は空を飛ばないんだぜ?
暗転する視界と肺から空気が漏れるような自分から発する音、それに壁に叩きつけられ軋む体。この鎧じゃなけりゃ余裕で死んでるな、ダンプに撥ねられたみたいだ。……撥ねられたことないけど。
「ゲホッ、ってぇなクソッ! 城内に捕虜になってるヤツがいるかもしれねえ、そいつらも解放しろ! てめえは盾でも齧ってろ!」
裂けんばかりに口を開き鎧ごと俺を噛み砕こうとする口内に盾を叩き込む。流石に俺専用盾までは噛み砕けないみたいだが、怒りで更にテンションアゲさせるというね、もう何なんだよ!
「手の空いてるヤツはそこに転がってるアホを叩き起こせ!!」
床で完全に延びている中島を指差しゴリラ達に指示を出す。一瞬だけだが目を離せば、気が付いたときには床に叩きつけられ這い蹲っている。
何でこんな化け物と1人で戦ってんだろ? ヤバイな集中力が切れて余計なこと考え始めてる。
痛みと衝撃で意識が朦朧としだし、ついさっきの出来事が脳裏に思い出される。アレは確か……
「……凄まじいなこりゃ」
城内に突入した俺達を出迎えたのは咽返るような様々なモノが混ざった死を連想させる臭い。
辺りに散乱しているのはかつて人間だったモノ。
人として形を保ってるのはまだいい方だ。胴体を鎧ごと千切られたモノや肩から上が行方不明のモノ、後はどこの部位かわからん欠片だ。現実味なさ過ぎて何の感情も湧かねえな。
「どうすりゃ人間こんな形になれるんだ? 究極のダイエットだな」
世の中の女まっしぐらだぞ、なんせ体重が何十分の一だからな。けど何であそこまで痩せたがるモンかね、ガリガリのヤツとか拒食症患ってるようにしか見えないぞ。それよりもぽっちゃりとデブの境目を教えてもらいたいもんだ。明らかなデブが自分をぽっちゃりと評すると殺意が沸いちまう。
「ほぅ、この状況でも冷静なものだな」
「麻痺してるだけだ、数時間も経てばトラウマに変わってるだろうよ」
声がする先には豪華な法衣を身に纏った男、こいつが件の司祭か。
「初めまして、名も知らぬ司祭さん。突然ですが俺達はあんたを戦犯に仕立て上げて戦争を終わらすことにした。無駄な抵抗は半殺しにするだけだから黙って付いてきてくれないかな」
「な、なかなか下衆い発言だな。まあ大体は私が仕組んだことだから特段間違ってはいないが」
「じゃあ問題ないな。神妙にしろ、このクズ野郎!!」
「貴様は少し自分を省みたほうがいいぞ……」
トーマス、ミシェランとアイコンタクトを取り3人で司祭を取り囲む、所謂トライアングルアタックってヤツだ。華もない汚い三角形だな。その騒ぎに気が付いた中島が走り寄って来る。
「これはナカジマ殿、息災かな?」
『チィース司祭さん。潔く僕を日本に帰すっス』
「それは無理な相談だ。一族に伝わっているのは召還の術であって送還は伝承されていない。私も必要としていないので特段調べてもいないしな。」
『マジかー……。じゃあ、何で僕がドラゴンになってるかはわかったんスか? せめて人間に戻してください!』
「さあ? 人間に戻るのは無理だろう」
あんまり苛めんなよ、豆腐メンタルなんだから。
「お前ら、こいつを縛り上げろ。話も終わったんだし、さっさと帰るぞ。てめえもいつまでもイジけてんじゃねえ」
バカ2人に司祭を捕縛するよう指示し、拗ねて三角座りしている中島を蹴飛ばす。器用なヤツだな。
「いやいや、城内がこんな有様になっているのだから普通何かあるとは思わないのか」
司祭の問いかけに先程の惨劇を思い出す。馬鹿野郎、人間臭いモンには蓋をするもんだ。忘れようとしてたこと思い出させんじゃねえ。
司祭は手に持つ錫杖に似たものを床に突き、カツンと鳴らす。その音に反応したかのように奥からのそりと獣が一匹歩み寄ってくる。デカさでは中島のほうが上だが……
――ライオンの如き体、と言うよりライオン。
――尻尾には毛が生えてなく蛇のように見える。ストレスかな?
――先っぽのフサフサはトゲトゲの世紀末テイストに換えられている。これが匠の業か。
――極めつけは顔。おっさんじゃん。おっさんにライオンの鬣が付いてる。ウケる、何の嫌がらせだよ。
「人面犬かな?」
『マンティコアってヤツじゃないっスか?』
どちらにしろ気持ち悪いのには違いない。しかし珍しい物があればすぐに群がるバカ2人が距離を取っているのを見るとキモイだけじゃ済ませてくれないだろうな。
「貴様等の相手はこの異世界の魔物だ。私にはまだ成すべきことがあるんでね」
「何だ、成すべきことって? 大したことでもないだろうが聞いてやる。本当はしゃべりたいんだろ? 感謝しろよ」
「貴様はつくづく人に対する敬意を持ち合わせていないようだな……。まあいい、冥土の土産に教えてやろう」
司祭は両手を広げ、何かを仰ぎ見る。釣られて上方に目を向けるが何もいない。恥ずかしいヤツだな。
「神の降臨だ」
ちょうど良かった。俺もブチ殺したいヤツが神を名乗ってるんだよな。




