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山の国はその名に違わず山岳地帯に発展した国だ。幾つもの連なる山々その中心にそびえる一際に高い山に城を構える天然の要塞だ。帝国が治める大陸と隣り合わせにあることから、立国以来、砦としての役割も果たしてきた。国を抜ける道は1つしか存在せず、その道も険しい山に這うように長く細く、悪意を持つ軍列が進もうものなら山間に潜む山岳兵にいつの間にか全滅の憂いに晒される。
「そんなに凄い環境なのに何で帝国にあっさり負けたんだ?」
大軍で数に物を言わす戦略も取れず、尚且つ相手の姿も確認出来ない。道には罠を仕掛け放題ときたもんだ。ゲリラ戦やるにはもってこいの環境なんだがな。
「はい、山の国が敗れた理由は城が陥落したからです。ああ、少々遠目ですが見えてくる頃ですよ」
副隊ゴリラが指差した先には周りと比べると間違いなく高いと言える山が見える。若干、曖昧だが頂き付近に城のようなモノが見えるな。
俺は視力は悪くないほうだ。王国から引いて来た荷車を引く手を止め、目を擦りもう一度良く確認する。……うん、やっぱり間違いない、城の外観の大体1/3程が削り取られたように吹き飛んでいる。
「バカじゃねえの、山の天辺に城あるんだぞ!? どうやったらああなるんだよ! 今からアレやったヤツと戦うのか、もう笑うしかねえな」
「城を陥としたのは竜騎士隊です。噂ですがナカジマ1人で城を破壊したという話も広まっていますね」
おいおいナカジマ、何者だよ。黙って野球やってろよ。そういやサザエさんのカツオと中島ってしょっちゅうボールぶつけて空き地の隣の家のガラス割ってるけど被害総額かなりのモンだよな? ガラスそんなに安くねえぞ。そもそもあの面積の空き地で野球やんなよ、空間把握力狂ってんじゃねえの?
「マジかぁ……。帝国に帰ってくれてたりしねえかなぁ……」
「竜騎士隊が撤退したとの報告は受けておりませんので未だ山の国に駐屯していると思われます。しかしながら敵にとって不足なしと思われませんか? 私など既に高まる血沸き肉躍る感情を押し殺すのに……」
そう言うと副隊ゴリラの1人が足を踏み鳴らし始める。周りもそれに呼応し地鳴りが起きる。ララパルーザってヤツか、地鳴りじゃなくて異常なモノって意味だがな。獣じゃねえんだから残った一握りの理性ぐらい大事にしろよ?
うるせえ、静かにしろ! とゴリラどもを窘めたが聞きゃしねえ、動物園かよ。呆れていると伝令兵がこちらに向かって来るのが見える、大体碌なことがないからそのまま引き返していいぞ。
「斥候部隊が敵影を確認しました! その数およそ1万! あと半刻もしない内に第一陣と接触すると思われます」
えらい突然だな、それにそんな大軍どこに潜んでいたんだ? こんなに近づくまで気付かなかったのも気になるが、やっぱり罠だったってことだな。
「内訳はどんなんだ? 何が最初に来る?」
「騎馬隊だと思われます。その後方に歩兵隊が続くまで確認したとの報告です」
「オーケー、ご苦労さん。聞いてたなゴリラども、各々準備しとけ。まずは騎馬隊だ、そいつらの進軍を止めるぞ!」
伝令兵の報告から半刻も経たない内、それどころかもっと早い段階で前方に砂埃が見え始める。早すぎるな、何か仕組んでんのか?
「よし、お前ら! 予定通り5人1組みで盾を併せろ、もう1組はそいつらを後ろから支えるんだ。中央は開けろ、俺が構える」
大柴が盾に付け加えた+αはこのギミックだ。高さは2m幅1mの長方形の盾、流石のゴリラどもでも片手では扱えないサイズだ。この両サイドのエッジ部分は前向き、後ろ向き二通りのコの字に加工されている。この部分にもう一方の盾を噛み合わせる。5枚の盾を繋げて10人がそれを支える。これが100組だ、俺を中心に左右の長さ250mの壁になる。更に盾の上下も加工されており、一方は土壌に刺し易く角度を、下は石畳などで構え易くL字になっている。
「いいか! ギリギリまで引き付けろ」
あれだけの速度で駆けて来れば急ブレーキや進路変更なんぞ容易には出来やしねえだろ。
遂に馬が駆ける度に撥ねる土砂まで目視で確認出来る距離まで帝国の騎馬隊が近づいて来た。そろそろ頃合だな、作戦開始の合図になる右手を掲げる。
やたらと落ち着いてるようにも思えるが、実際に進撃する敵と直接対峙するのはこれが初めてなんだよな。だが恐怖よりも高揚感が不思議と勝る。何だろうな、エンドルフィンでも出て頭ん中がお花畑にでもなったかな?
俺を中心に広がる長い壁に騎馬隊も驚きを隠せないように思える。しかし敵も然る者、瞬時に層の一番薄い箇所を見つけ、一点突破を狙う。要するに俺が構える場所だ。
「まあ、お前らの突撃する衝撃力がこの盾の重量を上回ってたら、多分突破出来るんじゃねえの?」
予め荷車から降ろしておいたモノを持ち上げる。高さ、幅、厚さともに周りの盾の何倍を誇る巨大な壁だ。元は前回使った破城槌の装甲をこのまま廃棄するのも勿体無いので再利用した。
進路方向に突如現れた巨大な壁。それに驚愕するのは乗り手の人間だけではなく、馬も同様だ。この戦前に部隊の奴等にはこう話した「ケンカはまず威嚇でも何でもいい、相手をビビらせろ。戦意を無くしたヤツ相手なら絶対に負けやしねえ」と。だが今回、俺がビビらせたかったのは人間じゃねえ、馬だ。
一度錯乱状態に陥った馬は乗り手の言う事など聞かず、嘶き前足を振り上げるヤツもいれば、乗り手を振り落とすヤツもいる。前方が立ち止まったせいで後方から来る者が詰まる、間に挟まれた者は落馬し無残な姿と成り果てる。
後方から来る者の内、盾を大きく迂回する選択するヤツもいるが左右翼には弓兵隊が配置されている。中央には臨機応変に動ける歩兵隊、遊撃を担う騎馬隊。如何に被害を少なくするか、要は遠目からチクチク攻撃して数が少なくなったところをみんなで袋叩きにしようという陣形だ。まあ俺達が蹴散らされたら一気にやられるんだけどな。
ちなみに重装歩兵の装甲が信頼されているかどうか知らんが弓兵隊は俺達ごと敵に向け矢を放つ。特に執拗に俺を狙うヤツがいるが犯人はわかってる、草原のバカ3人だろう。覚悟しておけ。




