1
「田中一郎、お主は地獄行きじゃ」
「あ? 誰にモノ言ってんだハゲ、テメェが行けよカス」
今、俺が胸倉を掴んでいるジジイは自称神。こいつの説明ではここは幽界という所で、今の俺は魂だけの存在らしい。
何故魂だけかというとさっき事故って死んだそうだ。まあ、なんとなくだが覚えている。峠を走っている時に運転下手こいて崖から落ちたんだっけな……クッソ、あのハイエースまだ買ったばかりだったのに……まあ、そこは致し方ないとしてもだ、天使の如き慈愛の心を持つこの田中に地獄に行けとは何たる言い草だ。ひき肉にして出荷すんぞ?
「暴行、恐喝、強姦……いろいろ身に覚えがあるんじゃないかの?」
「全然覚えがないな。普通、気に入らない顔してるヤツが歩いてたら殴るだろ? そんなこともわからんのか。それに恐喝呼ばわりしてるが毎回キチンと貸してくれと言ってるんだぞ? 返してくれと言われないだけだ。強姦? あれは和姦だ、ゴッドハンド田中を舐めるな」
「自分のしてきた事にまったく反省しておらんのう……」
反省など過去を振り返るばかりの弱者の行いだ。強者であるこの俺が何故しなければならん?
「まあ、お主が悪人なのは紛うことなき事実じゃ。地獄に行き罪を償ってもらう必要があるんじゃが……ちょっと事情があってな」
なんだ、含みのある言い方しやがって。どうせたいしたことでもないだろ、さっさと言えよ。
「今、地獄はリニューアル中じゃ……」
「お前、バカにしてんのか?」
「ワシだって冗談と思いたいわ! よいか、今から地球とは違う世界へ送る、そこで善行を積め。お主が正しい行いをすれば天国への道を開いてやる。それと枷を付けさせてもらう。黙って人助けするとは思えんしな」
ジジイは小難しい言葉並べて説明してるが、要はアレだ。強制的に人助けさせられる体質にされたってワケだ。そんなの普段と変わんねえじゃん、ちょろ杉内ワロタだな。
「じゃあさっさと送れ、世紀末救世主伝説田中の幕開けだ。人助けでもなんでもしてやんよ?」
「なんじゃ、もう行く気か。ワシとて鬼じゃないから技能の1つでもつけてやろうかと思ったんじゃが……」
おお、漫画とかによくあるアレだな! なかなか気が利くじゃないか、カメムシみたいな顔のくせに。
「希望の技能なんかはあるかの?」
「そういや俺が行くのはどんな所なんだ? それに応じた能力が欲しいとこだな」
原始人みたいなヤツしかいないのに営業スキルとか会話はずませてもしょうがないしな。自分の知性にゆるがぬ自負を持つこの俺に相応しい世界に連れて行ってもらいたいものだ。
「そうじゃの、これから向かう世界はお主の世界で言えば中世ヨーロッパほどの文明を持つ場所じゃ。あとは自分の眼で見て知るほうがいいじゃろう」
情報不足過ぎだろ。現代社会の技能技術持っててもファンタジーな世界連れて行かれたら役に立たないほうが多そうだな。例えば銃の作り方を知ってても部品から弾から現地調達して組み立てるなんか無茶な話だろ? 撃ちました、暴発しました、指ちぎれましたじゃ目も当てられない。そもそも銃なんか撃ったこともないしな。
それか流行の料理の技能でもつけてもらうか? クックパッドならなんでも作れるとか。いや、駄目だなめんどくさい。食うのはいいが作るのは嫌だな。タレかけて焼くだけでも超めんどくさい。いっそ指先からオリーブオイルが延々と出るようにでもしてもらうか? アレ上からドバドバかけたらなんでも美味いんだろ?
そんなくだらないことはさておき、実際に必要なのはいろいろ応用が利くものだな。ゲーム感覚でいえば、大きさも数も関係なく収納できる能力なんか最高だよな。完全犯罪待ったなしってヤツだ。となるとやっぱアレだな!
「よし、決めたぞ! 四次元ポケットをつけてくれ! 俺は未来の世界の猫型田中として生きていく」
それで、あのどんくさメガネと世界を掌握するんだ。
「そんな都合のいいものあるわけなかろう……」
チッ、役に立たないカメムシだ。
「要するに自分の力量以上の物を持ち運びたいわけじゃな? そんな感じの技能をつけておいてやる。それとこれを渡しておくぞ」
ジジイは俺にぼんやりと光るカードを渡してきた。カードには-8000Pと書かれている。なんだこれ?
「それはお主の善行を数値化したものじゃ。生前悪さばっかりしておったからもちろん今はマイナスじゃ。本来なら地獄で罪を償うべきじゃが状況が状況じゃ、ともかく数字がプラスになるよう心掛けて生きてゆけ。ん? お主、カードは?」
「捨てた。今の俺が必要ないと判断したから捨てた」
「そうか、そんなにも持ち運ぶのが面倒じゃったか、気が利かんですまんのう。ならお主の網膜に焼き付けておくとしよう」
……ウゼェ。ずっと視界の右上のほうでチカチカしてる。……イライラすんなコレ。
「ちなみにそのポイントが10000超えたら強制的にアフリカマイマイに転生させるからの」
マジかよ、煮ても焼いても食えん寄生虫界のアイドルじゃねえか。洒落になんねえぞクソが。
「説明は以上じゃ。今からお主を異世界へと送る。これからは正しく生きていくんじゃぞ」
ジジイが手をかざした瞬間、俺の体は光り始め意識が朦朧としだした。こうして俺は異世界へと旅立った。