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隠れマニ教徒・耶律大石

作者:崖 如水
遼帝国の太祖耶律阿保機の末子(第4子)である耶律牙里果の7世の子孫に当たる。遼が滅亡する際に、契丹人を引き連れて西へ逃れてその地で勢力を広げ、モンゴル高原西部・新疆ウイグル自治区からカザフスタン東部・マー・ワラー・アンナフルまでの広大な地域を領有すると、故地回復を望んで東征軍を出すが途中で挫折した。保大2年(1122年)、女真人の金から攻撃を受けた皇帝・天祚帝は、この攻撃を防ぐことができず、中京から西の雲中の陰山に逃亡した。この時、大石は宰相の李処温とともに燕京(現在の北京)において、第7代興宗の孫の耶律涅里(天祚帝の従父)を半ば無理やりに擁立して、天錫帝として北遼を建国した。後に、天祚帝は大石に天錫帝を擁立したことを責めたが、大石は傲然と天祚帝が逃げたから擁立したのだと反論し、天祚帝も反論が出来なかったという。ある説では、大石は隠れマニ教徒だったという。
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