“光の庭”のうたた寝 =059=
❝ =第一章第4節_10= 可敦城 遊牧民との協調 ❞
------燃える石で暖を取りながら三名の会話は、馬談議に成っていた------
「義兄上、私にも馬を・・・・ ところで、チムギ殿 義兄上が今言われた“月毛”とは 肌赤くなく、茶でもない、白に茶色を大目に加え、少し赤を入れた・・・うまく 説明できんが 眼は濃い茶色のはず、汗をかくとやや、赤くなって草原の緑に映える 貴だかい馬と聞いている 」
「そのような馬を・・・・私くし・・・・ して、楚詞さまの“連銭・・・” とは 」
「毛色は黒に近い灰色、全身に銭型の駁毛は散らばっている。 この駁毛が白い 共に見事な駿馬 天を駆けるような馬。 義兄上の白馬“華麟”は 誠に見事な駿馬、チムギ殿 白馬は100に一つの馬、この馬に騎乗できるは将の誉れです。 遼歴代の皇帝の愛馬にしても これ程の名馬の話は聞きおよびません 」
「楚詞、 存外に 馬の事は詳しい のぉー 」
「それほどとは、思いませんが 父が与えてくれた馬と戯れておりました。 また、父の将・耶律曽利殿が日ごとに語ってくれた耳学問です」
「そのような お馬を 私くしに 大石様 誠にありがとうございます 」
「礼は 手にしてから申すもの、 ここでは馬が無ければ何もできぬで のー」
先ほど挨拶を交わした若者が長・バインタラの部屋から弟と共に出て来た。 グユンと彼の弟であろう。 その背後に、長の娘であろう女人が伺える。 戸の傍に佇んでいる。 兄弟が繋がれていた馬の手綱を解き、女人が頭を下げている。 二人は手綱を引いて城門に向かって歩み、門の手前で兄・グユンは巨体を大石に向け 深々と頭を下げた。 楚詞が右手で答礼を送り、チムギも釣られて小さく頷いている。 グユンの弟は娘に話しかけてから 再び 歩み、門の外で鞍にまたがった。 鐙に足を掛けたかどうか判らぬうちの乗馬である。 鞍に跨りざま、二人は一気に駆け去り、瞬く間に大石の視界から消えて行った。
予定の帰還日より、三つ日遅れて何亨理が戻って来た。 何亨理が乗る馬が先頭であろう。 二頭の馬が続く。 その手綱は先頭を行く馬の鞍に結わえられている。 騎馬武者10騎がそれぞれに二頭の馬を曳いて戻って来た。 その控え馬20頭には荷が積まれているが、三十余頭の歩みは軽やかのようである。 空荷の裸馬、駿馬であろう。 小さな絨毯が、鬣から見事に張る臀部を被っていた。 絨毯で隠されたその臀部の筋肉が歩みに合わせて伸縮するさまが窺い知れる。 太陽が、歩み行く三十余頭の影をまだらな雪面に落としながら帰還してきたのである。
耶律遥と曹舜、畢厳劉の三名は馬を走らせ、迎えに駆けだしている。 知らせを受けた楚詞とチムギは城門の傍で帰りを待った。 彼等の影が長く成り、夕日が西の地平を荘厳な色に変え 赤く燃え上がっている。 寒さを厭わず、二人は立っていた。 燃える太陽が地平に消える前に耶律遥、曹舜、畢厳劉に促されたのであろうか 遥と亨理が二頭の空馬のみを曳いて城門を潜り、中央広場を横切った。 楚詞とチムギが二人を追って行く。 大石は回廊の階に佇んでいる。
「統師殿、 ただ今 帰りました。 帰還が予定より長くなりました事 お許しください。 兵達、10名に馬30頭 無事に鳥海での任務を終え、帰ってまいりました。 尚、打ち合わせた必要資材は 欠けることなく馬の背にて運び込んでまいりました。」
「儀礼ばった 報告はいい、汝の顔を見れば総べて判る。 苦労を掛けた。 それに はや、日も落ちた。 荷は厳劉が指図するであろう。 はやく、休め 休ませてやれ。 ・・・・・・いや、その前に その二頭の馬の顔を撫でさせてはくれぬかのぉー それ、その緞通の被りを取ってくれぬか」
馬の荷降ろしを手伝わぬ将兵たちが作業を終えたのであろう、三々五々に大石たち取り囲んでいた。 何時しか 満月が頭上に在った。 太陽が沈む前にその場所にあったのであろうが、満月は日暮れと共に明るさを増し 星の輝きも共演しだした。 寒さが空気を透明にして星と月の輝きで視界は明瞭であった。 その月と星の明るさの下、見事な駿馬が二頭佇んでいる。 背中の覆いを取り外された瞬間、馬の姿に取り囲む将兵たちの口元から、ざわめきのため息が漏れた。
「統師殿、三日遅れましたのは、満足できる馬を求めていたからでございます 」
「そうであろう、そうであろう。 鞍も見事じゃー 」
「はい、その鞍は 鳥海の商人が ぜひ、チムギ殿と楚詞皇子にと準備したものでございます。 彼とは長き付き合いがあり、西夏では有力な商人でございます 」
「そうであったか、わざわざ チムギ殿にとの事であれば ウイグルの民かな・・・」
「はい、そうです。 なんでも セデキ・ウルフ殿に二三度お会いしていると 言っておりましたが 」
「そのような御仁なら、今後の兵糧などお世話願えればありがたい、お礼の文を出さねば のぉー・・・・・・そうじゃ、遥を兄の時の下に連絡にやらねばならぬ・・・・急ぎではないが、礼状を携えて二三日中に向かわせよう。」
「・・・・・チムギ殿 良き馬じゃー 着替えて一回りして来ぬか、この月明かり 別状あるまい。 遥、汝 伴をするがいい 」