“光の庭”のうたた寝 =058=
❝ =第一章第4節_09= 可敦城 遊牧民との協調 ❞
耶律大石と耶律楚詞は騎馬する人物が城門を潜った折から、無言で彼の行動を疑視していた。 大石は泰然と楚詞は右足を椅子側に引き寄せ、脚の外側に踝を立てて引き 瞬時に飛翔できる構えで空気をよんでいる。 下馬した巨漢は馬の手綱を両手で背後に回し低頭した。 その動作は、きびきびとした若者らしい。 楚詞は右足を前にずらして両足を揃える自然体で彼の動作から眼を離さない。 その若者は、頭を上げ、今一度 大石に頭を下げてから、顔を向け話を切り出した。 大石も彼の方に向きを変え、顔を見詰めている。 大石は若者の眼に自信を感じ取った。 同時に、話し相手を引き込む静けさがあると直感していた。
「私はケレイトのグユン、弟が彼女に会うと言うので 久々にやって来た。 ここの様子を見れば 長くおられる準備をされている様子、交易所を再開されるのですか」
「いや、交易所ではないが 春までここに留まるつもりだが・・・・」
「弟の用事が済めば、すぐに 引き揚げます 失礼しました 」 と明確に答えて、彼は一礼すると 楚詞に対しても 「失礼しました」と頭をさげた。 そして、体の向きを変えてチムギに視線を移した瞬間に驚きの表情を表していた。 その表情の変化を大石は捉えている。 グユンと名乗った若者の動作が、ややぎこちなくなったようだなと観察している。 確かに 突然現れたケレイトの若者の行動は、門を潜り、三人も前で下馬して二言三言の挨拶を交わす間の立ち振る舞いには落ち着きがあった。 自身をケレイト族と言った。
因みに、ケレイトはモンゴル系では最有力の部族であり、文化的に進んだ部族である。 幾世代前の過日に、ウイグル帝国(回鶻)を滅ぼしたキルギス帝国(黠戛斯)をモンゴル高原から駆逐した歴史を有し、百年後には蒙古族のテムジンがチンギス・カンとして即位しモンゴル帝国が成立した後も、ケレイト部はチンギス一門の姻族とされ、モンゴル遊牧部族連合の有力部族のひとつとして存続する部族である。 北方の遊牧民の歴史を知る大石は、その若者がウイグル族のチムギを近くに見て、心に動揺を起こしたのであろうかといぶかったが、草原を自由闊達に往来する若者の率直さがおかしく、グユンに好感を持った。
グユンは一呼吸置いて 「失礼します」と再び、チムギに頭を下げて言い、大石に一礼するや振り向きざま乗馬していた。 機敏な動作であった。 彼はゆっくりと馬を御しながら、中央広場を横切り ウリヤンカイ部族の長・ボインバットの部屋前で馬を降りた。 三名の視線など意に介さぬと言う仕草で、弟だと大石達にと先ほど説明した同行者の馬に並べて馬を繋ぐと長の部屋に入って行った。
「巨体だが 俊敏さがある。 楚詞が柔なら彼は剛かな、清々しい青年だね、 それに あの馬 黒栗毛の駿馬、 後足の白いのが難点だが、我が華麟より走るであろうな。 背もあるし あのような馬を御すとは、ただの若者ではなかろう 」と大石がケレイトのグユンを寸評し、チムギに体を向けて・・・・
「おぉ そうだ チムギ殿 毎日騎馬の練習のようだが、蒙古族の女子は歩けるようになれば、馬と遊ぶ。 自分の手足のように馬を御すそうだ。 長の娘に習うのも一考かな、 いや・・・・ 話はのぉー、 脅かせてやろうと思っていたが、あの駿馬を見たら 隠さない方が良いと思ってのぉー 」
「大石さま、そのお話とは・・・・・ 」
「明日あたり、亨理が帰還すれば、隠せるものではないしのぉー、 が、馬をのぉー 馬を亨理が二頭曳いて帰るはずじゃ 」
「さて、チムギ殿に馬の話とは・・・・・」
「楚詞も いつまでも ずんぐりな蒙古馬では満足できまい 」
「義兄上、 話の筋がよめませんが・・・・」
「己の事には 感が働かぬらしいな 楚詞。 まあ良い、チムギ殿に“月毛”が似合うと思うて、亨理が曳いてくるはず、他は“連銭葦毛”を言っておるが 鳥海にて巡り合えばいいがのぉー 」
「まぁ、私に馬を・・・・」