“光の庭”のうたた寝 =055=
❝ =第一章第4節_06= 可敦城 遊牧民との協調 ❞
楚詞と大石は中央の大部屋の隣り 暖炉が燃やされている袖部屋に入り、対面するように机を挟んで座した。 「今一度、周囲の地勢を聞こうか、半日行程の範囲であろうが・・・・」と大石が問う。
「はい、兄上 先ほどの物見台からの覗えた範囲でございますが、平原とは言え 大きな溝が地表を穿っております。 兵馬を進めるには、よほど地形を熟知していなければ大軍の展開は叶いますまい。 また、溝を伝えば、姿を見せずに将兵の移動や逃散は可能に成るでしょう・・・・・・」と 淀みなく周囲の地形を報告していく。 耶律楚詞の一言一句に確信がある。 この砦は智将が差配すれば、十数倍の敵に襲われても盤石であろうと断定できる戦術を描き切った自信が口の端端にあった。 半日ほどの地勢調査で確信した話しぶりである。 大石は、にこにことその報告に満足そうにうなずいている。
楚詞の報告が終わると、何亨理が明日から城内の修築を行いたいが、ご指示くださいと願い出てきた。 大石は笑みを絶やさず、任せると一言した。 大石は自信にみなぎる若者たちに満足している。 彼は同行する者に具体的な要望や命令は決して下さない。 任務を任されているものが自ら考えた上で実行すればよいと教えて来た。 そのありようが彼らを活気づかせている。 ましてや、亨理はチムギの付き人であり 客将である。
外部はひと段落したのであろう。 部屋割りを済ませたのであろうか、各部屋の出入り口脇にある焚口で燃える石が燃やされ始めたのか、その匂いが漂っている。 多郁の指示であろう。 亨理と入れ替わるように曹舜と畢厳劉が大石の前に現れた。 愚直に一礼するや 開城祝いの準備に取りかかりますと言い終えると、隣室のチムギの下に走り去って行った。
寒空の中央に半月が黄白色に輝き、その周囲には負けまいと競うように星が輝く。 見渡せば満天の星である。 何時しか、燃える黒い石の臭いは消え、部屋は暖かい。 持ち込んだ乾燥肉を中心に宴の料理が隣室の大部屋に並べられていた。 大石は満足そうに中央に座り、楚詞とチムギがその左右に座っている。 毛皮の敷物の上である。 三人を中心に34名の若き将兵が床に並べられた大皿の料理を囲んでいる。 曹舜、畢厳劉、何亨理は楽器を持ち込んで西域の韻律を奏でている。 毛皮は十二分に運び込んだようで、寝具にも敷物にも戦いの盾にも 防寒の幕としても活用するために運び込んでいるようだ。 多郁が判断して手配したようだ。 彼は兵士としてやや臆病者だが、古参の兵としてその経験と人望がある。 入城を祝う宴に集まった顔には喜びが満ち溢れていた。
宴が始まろうとしたとき、戸が開かれ 長が現れた。 長の後ろには木製の大皿を自分の頭より上に支える12・3歳の子供 三人が長の後ろから付き添っている。 その背後にも二人の若者が網で編んだ籠を持っていた。 長は 歩み寄り、一礼すると 「耶律大石様、 冬の事とて、青い采は叶いませんが 羊を三頭 料理して参りました。 お口に合いますかどうか判りませんが、若き勇士の方々にと思いまして・・・・」 と朴訥な挨拶をして大石の前に歩み寄った。 三人の子供が頭上の皿を落とさぬように 緊張して近づいてくと、兵士達が座をずらし離れ 歩む足元の道を開けた。
大皿は大石と楚詞、チムギの前に並べられ、籠の料理は将兵の円座の中心に置かれた。 円座の中央に座る大石、楚詞とチムギの前に置かれた個々の大皿には、料理された羊の頭が盛られている。 また、血を煮沸して作ったゼリー状の固形物が添えられていた。 漢族の風習に感化している大石であるが、遊牧民が接客する最高の礼儀は屠殺し、祝宴に供する羊の頭部を主客に奉じるのが、最高の礼儀作法である事は熟知していた。 血の加工品が新鮮さを示し、供される食材が神の手で清められていることをも知っていた。
二人の若者が運んだ籠には山盛りの羊の肉が盛られていた。 チムギは三頭の羊を提供してくれた長の度量の大きい篤きの表情を隠さず、 燕京の老父を思い出しているようである。 両親の下を離れて半年が過ぎていた。