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“光の庭”のうたた寝 =044=

❝ =第一章第3節_13 五原脱出 ❞

 1224年12月15日の朝、日の出に前後して耶律大石が朝餉を取っていた。 東方の地平には薄い雲があり、その雲の背後にある太陽が空を染めている。 寒気は厳しいが、刻一刻とその厳しさが和らぐような気配が東の空より漂ってくるようである。 彼の表情はいつものように穏やかである。 よく窺えば、安堵の思いが表情に出ていたのかも知れない。 若き騎馬武者25名を引き連れて帝都から万里の長城方面を探る腹心の耶律時から連絡があった。 22日目の連絡であった。 連絡将が牧民に姿を変えて昨夜現れたのだ。 阿骨打アコッダ崩御に関する確かな知らせは南京(燕京)の安禄明が伝鳩で知らせくれていた。 


この一ヶ月の間 事が露呈することに、大石は万全の配慮を怠らなかった。 露呈すれば天祚皇帝への対応総べてが、欺瞞に成ってしまう。 自己を貫くにはこの方法しかなく、これから起こそうとする行動以外にないと確信しているがゆえに不動を貫いて来た。 しかし、心の片隅に、帝都・南京(燕京)に向かった秦王・耶律定皇太子への哀憐はあった。  天祚帝の理不尽な振る舞いで殺害された皇太子の生母蕭徳妃皇后との約束を思えば、また 蕭徳妃皇后の切実な懇願を いや 拝命した約束を履行できなった己が、取り巻く状況に沈黙せざる得ない己を、ある意味では許せないと自責していた。

己の心中に蠢く怒りが静まる事は無いと自覚している。 自覚するが故に、天祚帝の顔を見れば直言して天祚帝の責を攻めて来たのだ。 阿骨打の病死のこと、彼の後継者として同母弟の呉乞買ウチマイが太宗と漢風に名乗って帝位を継承している。 彼は勇猛果敢で果断や実行力に富んだ性格であり、必ず遼を殲滅するであろうと直言もした。


 昨夜、時が寄越した帝都方面の情報は、耶律定皇太子一行の事であった。 また、耶律遥(ヤリツ・ショウ)が調べた帝都の動向であった。 今や南京(燕京)は阿骨打に屈した北稜の臣たちで満ち、征服者である金とその追随者である宋の諸将に従僕していると伝えてきた。 予測できたことである。 ただ、今は呉乞買に従属する将軍に変転している耶律余睹が長城を越えてきた皇子に秘密の使者を送り、「軍門に降るか西蔵か西夏に亡命するしか身を置く場所がない」と助言したと言う。 秦王を養護して燕京に入城しようとした耶律阿思(アシ)は、この内密の助言に従い 率いる50数名の将兵と共に西に向ったと言う。 しかし、太行山脈の山中にて全員殺害されたとの報告であった。


 耶律大石は朝餉を終えた後、伝書鳩を安禄明に放ち、引退している耶律資忠老将軍から耶律定皇太子一行に関する情報、殺害されたと言う事実の追認依頼を送ると共に、遥には時に合流する旨の伝言を依頼した。 禄明からの伝鳩がもたらす返書によって彼の憂いはすべて消える。 ここ一か月の細心の配慮で起こした行動を天祚帝に告げる時期が迫ったと東方の天空に消えて行った鳩を見送りながら考えている。 寒気が身を刺す。 大石にはその寒さを感じないので・・・・。


 時が送った将の報告から五日後、伝鳩が飛来し、足に結わえた小紙には安禄明の小文字で書き綴った几帳面な短文で用件のみが記されていた。 赤く燃える大きな太陽が西の空に傾けだしたころである。 大石の傍には耶律遥が控えていた。 文面を確認した大石は遥に「明朝の朝餉を全員で取るゆえ、旅の支度をしてこの東屋に参集する旨 知らせてほしい」 と告げ、“これにて、憂いは無くなった。 明日 北帰に旅立とう” と一人確認して書斎に入って行った。


 翌朝、 朝餉を取る大石の周りには 耶律楚詞、チムギ、曹舜、畢厳劉、何亨理たちが座り、同じ食事に箸を付けていた。 耶律遥がなにかと世話をやいている。 全員の顔には誇らしさと喜びが浮かんでいる。 簡単な朝餉の食事が終わった。 旅姿の楽士三人 曹舜・畢厳劉・何亨理が大石に挨拶をして、外に出た。 朝日を受けて、彼らの影は長く地を這い、その影は城門を潜り 南に去った。 


一時の後、城門の前で白馬を止めた耶律大石は二言三言城兵に声を掛け、城門を開かせていた。 傍には、北遼軍事統師の印旗を高く掲げ、自慢げにその旗を風になびかせている石隻也が居る。 大石の後方には、二三馬の距離を置いた石チムギが民族衣裳の乗馬服で騎馬し、その横に耶律楚詞の作務衣が栗毛の馬に跨り前方に漠と広がる茶褐色の葦原を眺め、無言でいる。 清楚なチムギの民族衣装がこの場の雰囲気を和らげる唯一のものであった。 王庭の警備兵の姿は無い。 大石は城門を守る警備兵長を呼び、「これより、北遼の統帥・耶律大石 この五原を立ち去る」と告げて、城外に進んで行った。


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