“光の庭”のうたた寝 =030=
❝ =第一章第2節_16= 陰山・五原 ❞
大石が草庵に戻ると、全員が集まっていた。 草庵と言え、黄河すら凍てつく酷寒の世界。 日干し煉瓦が二重の壁を造り、床下の壁には煙道を設けて暖を取る構造。 屋根は葦を幾重にも葺かれ、夏は涼しく、葦を燃やす煙が部屋全体を暖める。 秋になったとはいえ残暑がやや厳しい。 後一月もすれば暖房がいるのだが、開放されている窓から入る風が気持ちよい。 床に直接腰を落とすゆえであろうか、この部屋参集しての会合は何時も開放感が漂っている。 大石が持つ雰囲気が為させるのであろう、車座になっての話し合いがつねのようである。 だが、今日は耶律大石に対面するように耶律楚詞と耶律時が座し、その後方に石チムギが その左右に何蕎・曹舜・畢厳劉・何亨理 そして 石隻也が最後列に座っていた。
木尾の時期の太陽はつるべ落とし、傾きかけると 大濃く燃えて沈んでいく。 互いが雑談を交わした後に話し合いが始まった。 部屋は暖かい。 大石の左右に蠟燭が立ち、入口に二本、部屋の四隅にそれぞれ一本が緩やかに揺れる炎で部屋を明るくしていた。 大石の背後には北遼軍事統師の旗が立て掛けてある。 調度品が極端に少ない書院風なのだが、簡素で気品さえある。 隣室から現れた耶律大石が着座するなり、明朗な声で静かに話しだした。
「先ほど、天祚皇帝には お別れの話を申し上げてきた。 摂政皇后殺害事件以降 内密理に推し進めてきた”北帰”を断行するべき時に至ったと判断している。 ついては、時 我らが内密の兵はいかがである。 まずそれを聞こう」
「皇后さま殺害事件の後、統帥に従おうとする将兵は増えております。 旧来から、統帥さまに心服する兵を合わせますと、現在 二百名と言えます。 割り良い人員ですが、あと十数名の増加があるでしょう。 彼らの結束は強く、意気盛んです。 現在 四っの軍団に分かれております。 四人の大隊長が50名の将兵を把握しているのです。」
「その組織はいかように・・・・・」と 大石が問う。
「我らと行動を共にしようと決意する騎馬兵が五名で組を作って組長を互選しております。 五名一組の二つで要員十名の班を作り、その10名が互選で班長を選出し 小隊長として任じています。 この小隊は、この地は帝都より遠く離れた僻地ですゆえ、全ての者が独り身での兵営生活を強いられております。 そくで、仲間より選任された小隊長が班長として 班員の私生活上の問題まで処理しております。 従って、他の組織と異なり下位の考えが上層部に汲取られるようで組織の結束は時間と共に堅牢になって行くようです。 現在、軍団としての意気は盛んです。」 と 時が右側にて胡坐をかく楚詞に説明するように話を進める。
「二百名はすべて騎兵であり、五名が基本単位の組隊です。 組には騎乗用の馬五頭に三頭の添え馬が基本とするのですが、現在予備の馬は不足しております。 また、兵糧や兵器の準備には、未だ手づかずの状況。 しかし、今話しましたように、五名一組の長が互選されており、必要な兵糧は特別な兵站部隊を設けなくても準備できるでしょう。 10名が要員の小隊が五っ集まって大隊を作ります。 もちろん、この大隊長も小隊長五名が互選して選出するのですから、この組織は下部からの積み上げ方式で構築しているのです。 従って、小隊長20名が組織の要であり、大隊長が組織の責任者として機能しているのです。 事実、秘密裏にわれわれの組織は活動しており、いかなる時でも事を起こせます。」
「私たちの組織は、我々騎馬民族の生活互助組織を真似たものですね、軍団組織が自発的に発足し、何の不安もなく自ら成長して行く無駄のない組織ですね・・・・・宮中の文人が頭で捻り出したものではなく、生きた組織のようですね・・・・・」と 楚詞が言葉を添えている。
「西夏の楽士殿たちは、今 初めて我々の秘密軍団のありようを知ったと思われるが・・・ では、明日からの行動も秘密裏に、また 組織を活用して効果的に目的を達せられるな・・・・ 今日明日に急変するような事にはならぬが、しかし 北帰行動は厳冬の頃になろう。 従って、明日から兵糧と弓矢の確保、兵馬の補充、等に力を注がねばならない、明晩 各大隊の将官と相談するとして・・・、 チムギ殿 そなたは いかがされる・・・。 今 聞いかれたように我々と勇者二百名はこの地を離れる。 寒風吹き荒ぶ夜陰に紛れての行動となるであろう。 また、厳冬の時期に陰山山脈の間道を突いての北帰行に成るやかも知れぬ。 女人には過酷な旅になろう・・・・・」
チムギは思わず、耶律楚詞にすくいを求めるように彼の背を見た。 しかし、長く伸びた髪は微動だにしない。 大石のチムギを見詰める温情溢れる目には、厳しさは無く 笑みが漂っているようで、いかなる返答であろうとも、全てを受け入れる様子がうかがえる。 いや、チムギが口を開いて話すであろう決意を予測しているようである。
「十分なお世話が叶わず心苦しい上でのこの状況、都には戻れぬことであろうから 西夏の中興府に戻られてはいかがだろうか・・・・チムギ殿 」
「大石様 私くしが 燕京を離れる折、父が申しました 『耶律楚詞王子が許されるなら、どこまでも そなたは王子に付き従い 同行しろ。 金がこの燕京を支配いたそうとも我が家には手を出せまい。 が、万が一 お前を盾に取られると、困難を払う術をなくす。 戻ることは父が許さぬ。 心して行くがいい』と 話されました、・・・・・」
「そのことは承知している・・・・ して、 今 どうさなされる・・・・・」