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“光の庭”のうたた寝 =025=

❝ =第一章第2節_11= 陰山・五原 ❞ 

 草原には新芽が息吹き始めたであろう。 ここ五原の王庭に至る葦原でも若き茎がどんどんと伸び、見る間に人の背丈にも達するであろうと思われる速さで成長している。 散在する湖面には渡り鳥であろうか 春の遅さに耐えかねたように葦の茎根で泳ぎ回っている。 あらゆる生命が早春の陽光を浴びて、長かった冬の惰眠から目覚めてようである。 朝餉を終えた耶律大石は草庵の縁に座り、文を読んでいる。 傍で、耶律時が長閑さに なすすべなく湖面を眺めている。 時折、主の横顔を覗いながら・・・・・・・


 大石総統は立て続けに燕京の安禄明からの書面を受け取っていた。 燕京から飛来する鳩が運んでくる。 伝書鳩に結わえ付ける文面は、第三者が解読しても発信者と受信者が誰なのか解らない上に、暗号のような文面で綴る工夫がなされている。 先月末の通信文には、彼の父・安禄衝アン・ロクエイが楚詞殿の成長を喜ぶと共に 耶律楚詞が西夏に旅立ったとの内容が記されていた。 西夏には石抹胡呂(セキ・バイコロ)の妹チムギが同行している、 と追記されていた。 


 今、大石が目を通している昨日の文には、西蔵や吐蕃の状況が記されている。 その上で、西夏王国は天祚帝を受け入れないであろうとの従来の所見に加えて、金の阿骨打の弟である呉乞買ウキツバイが燕雲十六州の総監に就いた。 彼は、西夏に圧力を掛けるだろう。 しかし、父・禄衝が己の交易網の保護保営のために、いかなる金の要請や呉乞買の恫喝に対して西夏王国が応ずれば、東西からの交易を断ち切ると宰相のセデキ・ウルフに伝えていると記してある。 追伸として一行、耶律余睹の妻子が阿骨打に捉われた。


 西夏王国は交易立国である。 シルクロードの経済を差配する安禄衝の意向は無視できないのである。


 読んでいた手紙から目を離し、 耶律大石は 独り言のように呟いた。 

≪西夏王国は交易立国、シルクロードの経済を差配する安禄衝殿の意向は無視できないものがある。 西夏の興慶(現在の銀川)に誰かを使わして、ウルフ宰相との誼を通じておかねば・・ ・・・・・・・。  帝都では 御次男の梁王・耶律雅里殿が北遼の皇帝に擁立されたか・・・・・ 秦王様では この時局。 返す返すも、摂政皇后・蕭徳妃のご他界が残念・・・・・・≫


そして、 「時、 耶律余睹の妻子が阿骨打に捉われた。 南京(燕京)崩落は時間の問題ぞぉ・・・・。 事が大事に至らば、禄明殿より火急の伝鳩文が来ようが さて 耶律定秦王は帝都で・・・・・」 と一人ごちるように語り、 その目は虚空の一点を睨めている。


 「されば、新皇帝は耶律大石統帥様不在のこの時、両翼を無くしたと同然、民も動揺しておりましょう」


 「時、弟の遥が率いる都の間者を南宋に向けるがいい、 北の動きは、阿骨打殿の真意はあの日以来よく読める。 北の流れはもはや抗しきれぬようになった。 大同に駐留する耶律余睹の動きが明かしてくれよう。 遥には秦王の上洛をもって以降、秦王警護の必要は無い。 余睹の動向を見守るように伝える。 その旨、耶律抹只ヤリツ・マツシに早駈してもらおう。 抹只には遥への伝言と、梁山泊の宋江殿に会ってもらわねばならぬで・・・・・ 」


 「居庸関の迎撃戦・・いや、それ以前から阿骨打殿は 主を恐れているように思えてなりません。 主が不在のこの折を捉えて、阿骨打殿は宋の動きなどに関わりなく南京(燕京)に入城する機会を覗っているでしょう。 遥の情報がますます重きを増して来ました。 わたくしも・・・・・・・」


 一時の沈黙の後、耶律大石は胸中に何かが決するように立ち上がり、耶律抹只たちが居住する東屋に向かった。 時は大石のそばを離れ、仮屋の小屋に帰って行った。 その夕刻、春とは言え寒さが肌を刺す吾妻屋の中、小さな書院に座す耶律大石は、昨年の万里の長城を超えての皇太子逃避行を思い出していた。


 あの折も 同じ満月が頭上で輝き、ここ五原まで二人を擁護し終えて到来すれば、直ちに南京に取って返す腹積もりが ことごとく天祚帝に阻止された。 また、摂政皇后の依頼を断りきれずにいる間に皇后殺害事件が起きた。 事件は半年前のことであっが、蕭徳妃・摂政皇后の姿が今でも鮮やかに甦ってくる。 あの事件以降、奸臣の口に乗る皇帝が軽挙妄動に走るさまのみが目に映る。 皇帝への信頼を自ら捨てしまっているが、この場にて時をやり過ごすことに・・・・・・いずれ、天祚帝の刃が向けられるのではないか・・・・・

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