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“光の庭”のうたた寝 =023= 

❝ =第一章第2節_09= 陰山・五原 ❞

  金が攻め込んで落城させた遼帝国の帝都・南京(燕京)を侵攻に要した戦費の数倍を宋との盟約の名の下に手にした金の阿骨打アコッダは北に引き上げている。 しかし、南京城下は金が支配していた。 北遼の官人として遼に奉じた契丹人の多くは彼らの配下に入り、治安維持に努めるか、あるいは官界から身を引いて地方に縁者を頼るか自領に帰郷して沈黙を守るかの二者択一を強いられている。 燕雲十六州内には耶律涅魯古ヤリツ・デツロコが束ねる遼皇族ゆかりの勢力が旧領土を奪回しようとする宋の北進軍と対峙していた。


 また、耶律大石総統が送り込んだ北遼の皇軍精鋭二百余騎を率いる耶律厳将軍が涅魯古と連携して北遼の勢力圏を死守している。 しかし、遼帝国復興を計ろうとする燕雲十六州の組織には運動の中核に立つべき皇統が必要であった。 また、天祚帝の側室・蕭文妃(耶律楚詞の祖母)の妹を妻に迎えていた耶律余睹ヤリツ・ヨトが、いわれなき天祚帝への誣告で煮に危険を感じ阿骨打の軍門に亡命し、金の武将として燕雲十六州の山西雲中・西京(大同)を統括していた。


 南京(燕京)城郭の西方、森に囲まれ石抹言の屋敷がある。 石家はウイグル系の家系であり、遼(契丹)の国姓である耶律(ヤリツ)氏と並ぶ重要な姓である(ショウ)氏と婚儀を結べる重要な皇族である。 抹言の母親は遼第7代皇帝興宗の第二妃・蕭貴妃の妹であり、抹言は遼帝国内で生活する色目人=中央アジアから移住した人々=のオサ的存在であった。 彼は文人であり、官界には何らの気負いもせずに出入りしていた。 今は、家督を長男の抹胡呂に譲り、悠々自適なのだが末娘のチムギの将来を憂いていた。

 長女のパチググが西夏王国の若き宰相セデキ・ウルフに嫁いでいる関係から、金の武将がいつ娘を差し出せと言いかねない。 天祚帝が西夏の援助を受けて金に再び挑みかかるか、西夏に亡命するかは阿骨打の最大の関心事なのである。 耶律余睹や彼の蕭夫人からパチグル━チムギが注目される危険が十分あった。


 

 何時いかなる時でも、西夏の中央府に旅立てると言う楚詞に、巨体を進めた石抹胡呂が義娘の兄である安禄明に顔を向けるや「なれば、同行者が居ても 差しさわりはないでしょうか・・・」と問いかけている。


 禄明が口を開こうとする前に、「私には、西夏に向かうこの度の旅は五山に向かうより長き道中。 道中の話し相手に同行の道連があれば、旅をより楽しめましょう。 ありがたいことです」 

 「なれば、 女性でも かまいませぬか・・・・・・」


 「今朝ほど、安禄明様から お話を伺い、ここに来ております 」と答える楚詞に、一時の ある種の 安堵の静寂が室内に流れたようである。 石抹言と抹胡呂親子は目と目で合図を交わしている。

 

 「尊父殿、大石殿には 文にて了解を頂けましょう。 父の所要とて急ぐものでなし、話の先は お判りになられた事と思われますが・・・・」と石抹言に端正な顔を向けた禄明が静かに口を開く。 その言葉を咬みしめた抹言が言葉を継いだ。


 「禄明殿、金の阿骨打は大軍を擁して南に迫っております。 耶律大石軍事統師は五原で天祚皇帝に足止めされているとも聞き及びます。 帝都は長くは持ちますまい。 一旦、“海上の盟”が約定を履行して北帰した阿骨打は天祚皇帝を追い詰めましょう。 軍事統師大石殿の抗戦に手を焼くと看れば、直ちにこの帝都に舞い戻り、西夏に圧力を掛けて天祚皇帝を燻りだす策に出るでしょう。 西夏への繋ぎに我が家を利用するのは・・・・・・先般来、私の憂いは愚息がお知恵をお借りしてく、相談を話しておりました事、老父の憂い お耳に入っていると思われますが・・・・・」と 安禄明に向けられている彫の深い顔には立派で白い顎鬚があり、美しい。 彼は楚詞を直視して言葉を続けた。


 「耶律楚詞殿、この老父の願い 聞き届けて頂けましょうか 」


 「いや、それよりもご息女の意が・・・・・」と 楚詞は即答を避け、先ほどから静かに同席する老母に声を掛けた。 その声は静かに 明朗に。 老婆からすれば天上の皇子との初対面の堅苦しさを払いのけ、その雰囲気を一気に和ませた。 


 「・・・・これ、お湯を 運ばせよ、お茶が冷えておるわ・・・・ 」と 抹胡呂が戸外に叫ぶ、時を移さずに、お湯を運んできたのは 艶やかな黒髪に白い鉢巻を巻いている稽古衣裳の女性であった。


 「これ、チムギ なんだ、その姿は」抹言・抹胡呂親子が同時に叱咤した。


 「だって、チチカが離さないし、禄明兄様に気を使うことは無いでしょう、それに 兄様の・・・・」と、抗弁の口を開いたチムギが急に言葉を濁した。 彼女は、その視線を楚詞から離すことが出来ないでいた。


 その夜、明け離された窓から春の風が流れ入る部屋では、石抹言老夫婦が耶律楚詞を挟み、石抹胡呂夫妻と彼らの長子・鳥賦呂と長女・チチカ 妹のチムギ 安禄明たちが円卓を囲み 夕餉の時を楽しんでいた。 チムギは楚詞の対面に座り、見事な矢絣の紬衣服に身を包み、黒髪の上には刺繡が綺麗に映える濃紺の帽子を載せていた。 ウイグルの民族衣装であろう。 彼女の視線は楚詞の明快な挙動の一つ一つから離れなかった。



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