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“光の庭”のうたた寝 =022= 

 都の西 香山の近く、城郭からは騎馬にて小一時間 森に囲まれた大きな屋敷に石抹胡呂(セキ・バイコロ)は住んでいた。 彼の両親も別棟の建屋で暮らしている。 門構えからして有力者の屋敷である。 氏名が“石”であるからして幾世代前に中央アジアから移り来たのであろう。 今、この屋敷の門前に耶律楚詞を伴って現れた安禄明の家名“安”からして、やはり 天山山脈西方の人。 ただ、彼はソグド人と突厥の混血であった安禄山の末裔である。


 早春の夕刻、乗馬姿の安禄明に気付いた門衛は 直ちに大きな門を内側に開いた。 安禄明は笑みを門衛に送り、騎馬のまま母屋に向かって行く。 その後を楚詞が屋敷内の静けさを壊すまいと静かな歩みで馬を進めて行った。 母屋への小さな内門で馬を預けた安禄明は、勝手知ったる我が家然と母屋に進む。 生垣沿いに庭に踏み入った。 木剣を交わす音が聞こえる。 そして、「さぁー 今一度」と 叱たする女性の声がする。 進むにつれ、生垣越しに鉢巻を絞めた女性の後ろ姿の上半身が見え、幼女と対面しているようだ。 その向こうに巨漢の姿が見えてきた。


 「・・・ おおー これは義兄さん」と 声高に しかしその声には落ち付がある。 声と共に巨体が歩みを始め、背を見せていた女性が剣を構えたまま首を振った。 対座する相手に中断を示したのであろうか、黒髪を大きく舞わせて、鉢巻き姿の女性が振り向いている。

 「こちらから出向くものを・・・・」と 巨体が身を小さくするように生垣を回って近づいて来た石抹胡呂が話し、頭礼した後に 「で、義兄さん こちらの方は・・・・」と笑みを耶律楚詞に向けている。 鉢巻の女性はその様子を垣間見つつ、幼女を伴なつて母屋に向かって行く。


「抹胡呂殿、立ち話では・・・ ご両親は御在宅かな、 チムギ義妹の件できたのだが、部屋にて話そう。 ご尊父、いや オヤジ殿のご意見も聞きたい事があって、で 二人して早駆けしてきたが春風が心地よかったぞ」


「して、さきほどのありさま。 チチカには剣の稽古はいかがなものかな。 まだ六歳の幼女、チムギがお相手では ちと可哀そうだ。 彼女は甥子が自分のようになることを望んで連れ出しているようだが鳥賦呂(トブロ)には、今は剣より筆を持たすのが よろしの では・・・・ 鳥賦呂には気の毒だが・・・・・、」 

 「父が いつも 小言を言うのですが、あの気性、義兄さからも・・・・」


 「それよ、それ 今日は、格別の天狗殿に同行願っての早駆と言う次第でのぉー 」 と話す禄明の目は、笑みをたたえている。 抹胡呂は話が読めず、相槌が打てずにいぶかっている。 安禄明の傍にてやや距離を置いて二人を眺めている楚詞には軽やかな兄弟の会話が羨ましく、心和むように聞こえていた。 抹胡呂が庭の低木の間を横切り、奥の吾妻屋に二人を導いていった。 吾妻家は中庭の奥、五六本の大木が茂り背丈相当の生垣に囲まれている。 正しく、帝都西方の森の一角を占める屋敷であることが伺える。


 その吾妻屋に三人が足を入れるなり、老夫婦が身すなりをただして奥より歩み出て来た。 石抹言(セキ・バクゲン)夫妻であろう。 石抹言も巨体といえる。 彼は、息子の義兄の傍に佇む青年に何かを感じ取ったのであろうか、 「これは、これは むさい当吾妻によくぞ 下馬下されました」と楚詞に柔和な顔を向けて頭を下げたのである。 その大様なしぐさが、彼の体躯をより大きく見せ、有力者の風格を漂わせている。 


石抹言が、楚詞を見た一瞬、驚きの表情を浮かべて口を開いていたのである。 それはわずかな時間であった。 柔和な表情で楚詞に言葉を掛けた後に、息子の抹胡呂には目もくれずに、挨拶はともかく急ぎ応接の準備しろと言外に示す態度で後ろに控える老妻に伝えた。 そして、安禄明にねぎらうような目礼を交わして、来訪の礼を言った。 抹胡呂は父親の態度にやや驚きつつも、耶律楚詞と義兄・安禄明を交互に眺めて吾妻家に先導しようとした。 しかし、時を置かずして、石抹言が母屋の客間に案内するようにと息子に命じ、自ら先導するように吾妻屋を離れ、母屋への潜り門を渡っていった。


 石抹言は巨体とは思えぬ身のこなし、隠者を思わせる落ち着き、異邦の目鼻立ちがくっきりする顔で まじまじと楚詞に慈愛あふれた眼差しを注ぎながら言った。

 「覗えば覗うほど、慙愧にも 今は、姿を隠された王記様に似ておられる」

 「母を 知っておられますか 」

 「はい 晋王・耶律敖盧斡閣下の王庭に ご依頼の書物をお届けに参りました折、二三度 お会いいたしております。 遼国一の美貌と謳われた御尊顔 忘れるものではございません 」


 「・・・・ では、父 にも 会われていましたか 」  「はい、もともとは こちらの禄明殿がご尊父・安禄衝殿に連れて行かれ、何かの話の折に、『孟子』が話題に上りした。 後日 手前の書を持って上がりました。 それ以降 時刻が許す限り お目見え叶っておりました。 ・・・・・・・しかし・・・・ 悔やんでも致し方ございません。 普王閣下は性善説をよく用いられた王、仁義による王道政治を貫かれました。 誠に 残念でなりません・・・ 」


 「王子のことは 大石殿から文にて聞いておりました。 また 安禄衝さまからも、嵩山少林寺にて慧樹大師の教えを受けられたことも、さらには 普王閣下がみまかれて以降 自らを王子とは言わせぬ事をも・・・・ 礼を失するかも知れませぬが、感服いたしておりました 」 石抹言・抹胡呂親子は 青き髭ぞり跡が映える貴公子を目を細めて見詰め、その凛とした立振舞に感嘆している。


 「して、義兄殿 お話とは・・・・」抹胡呂が話の先を 急ぐ。 

 「先般、父が楚詞殿に西夏への所要を依頼されて、楚詞殿は 快くお引き受け下された 」


 「なんと、王子・・・いや 楚詞様が 西夏の中興府に向かわれるか、して 御出立は・・・」

 「私は 慧樹大師の下を離れて一年瀬半 耶律大石様の下で五原と燕京を行き来する天狗です。 御出立などと・・・・一人で いついかなる時でも・・・・」

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