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“光の庭”のうたた寝 =021=

❝ =第一章第2節_07= 陰山・五原 ❞

遼・北遼が崩壊するほぼ半年前、1123年の春は上節旬の頃である。 空には大きな満月が雲の割れ目にある。 夜半である。 耶律楚詞が安禄明の屋敷に入って行った。 彼の影が長く伸びている。 遼の皇太子・秦王一行が帝都・南京に辿り着く頃合でもあった。 楚詞にとっては勝手知る安禄明の屋敷内、案内も請わずに 月明かりで薄明な庭を横切り、円形に刳り貫かれている中門を潜り、書院の戸口で楚詞が声を掛けた。


 「その声は楚詞どのか、・・・・入られよ」との返答に、耶律楚詞は観音開きの扉に静かに手を掛けて開き、中に入った。 黒檀の大きな机が中央にあり、その机は黒く、落ち着いた光沢、袖の彫刻が見事である。読み止しの書籍に筆掛けが机上にあり、静寂な室内は墨の香りが漂っている。 四隅の燭台に点じられている油の焼ける匂いもかすかに漂っていた。 机の上にも銀の燭台がある。 机の奥に安禄明が座していたのであろうが、立ち上がり 机を回り込んで楚詞に両手を組んで低頭した後に、大きく両手を広げて楚詞を迎え入れ、抱擁した。 そして、「大石殿の近辺は・・・・・・」と安禄明が総髪の楚詞に問いかけている。今の楚詞は武人の装いである。 僧装は脱ぎ捨て、伸び揃わない総髪であるが新鮮な瑞々しさがあった。


 「耶律時殿が お傍を警護しております、危害の心配は・・・・・・しかし 」 楚詞は話しづらそうに続ける。

 「お聞きの事だと思いますが、 天祚帝は寵愛の蕭皇后を病気で亡くされています。 五原に入って間もなくの事でした。 そして、摂政皇后を殺害なされ・・・・更には 前年 翌保大3年の春の事、天祚帝は些細なことから、蕭皇后の御兄弟 蕭奉先・蕭保先を、その子の蕭昂、蕭昱とともに誅殺する凶事を起こしておられます 」


 「楚詞殿、祖父の事は話しづらそうじゃなぁ ・・・・・」

 「いえ、祖父とは言え、父を追い詰め、死を・・・ 五原にて 近くで観れば、皇帝としての いや 私くしからは・・・・」


 「大石殿からの伝書鳩文にて蕭徳妃普賢女さまの変事は 先般 知り得ている。 また、天祚帝の行動の委細は、父より知らされているが、・・・・・・・」


 「私は秦王・皇太子と前後して五原を離れましたゆえ、 大石様のお考えは解りかねます。 ただ、大石様は皇太子出立の朝、見送りを控えられました。 草庵の縁にて 『摂政皇后が姿を見せず、時や儂が皇子を見送れば、兵が騒ぐ』と耶律時様と私に話された後に、大石様は『時・楚詞 他言無用ぞ、一昨夜 皇后様は殺害された』 」 と 小声で話されたのです。 そして、 「また、独り言のように 『この地には 長くはおれまい』 と・・・・・・」


 「楚詞殿、天祚帝は大石殿を手放すまい、北遼の支えとして戻らせるより、大石殿の知略で己が身を安全に保つ事のみ考えておられよう。 しかし、軽挙妄動に走るお方・・・・・ 奸臣の口に乗って、何時・・・」安禄明はしばらく腕を組み、考えていた。 彼は貴族を思わせる聡明な顔立ちである。


 「ところで、楚詞殿、帝都に何時参られた。 上京の目的は・・・・・?」


 「この地で情報を集めておられる耶律遥殿に秦王・皇太子が上洛することを伝え、その後の動向監視を依頼することなのですが、私を祖父の近くから遠ざける大石殿の計らいでしょう。」


 「して、遥殿には・・・・」

 「はい、三日前に合い、二人して洛中の様子を見て回っておりました。 また、燕雲の耶律涅魯古ヤリツ・デツロコ殿を紹介してもらい、涅魯古殿は皇族の中で唯一 父を尊敬して止まなかったと私を厚遇されました。 それゆえ、ご挨拶が遅れた次第です」


 「我が家への挨拶など何時でもよいのです、ところで、石抹胡呂セキ・マコロ殿は知っておられるかな? 儂の義弟じゃ 妹が嫁いでいる。 抹胡呂殿の妹が西夏の中興府(西夏の都、今日の銀川市)に行きたいらしい・・・・いや、都の風説に恐れてのことかも知れぬが、ご両親も都に居るよりもと乗り気でいる所に、我が父の思飽も絡み、早く旅に出してやりたい。 しかし、ウイグルの姫御だ。 中興府には縁者もおろう。 だが、道中 昨今の状況では御輿に乗っての旅はできまい・・・・ 」と 涼しい眼差しで楚詞の顔を伺いながら話の方向を変えた。


燕雲


 「楚詞殿、姫御を 西夏まで送って行かぬか、いや お転婆を連れ出してやらぬか・・・ 大石殿には 都の動きなど添えて、文を走らせる」 

 「大石様さえご納得してくだされば・・・ それに、ご尊父のお役にたてる事なら・・・・・・」


 「これはいい、嵩山少林寺の天狗が護衛するとあらば、ご両親のご心配は一掃され、安心なされるであろう。 しかし、あのお転婆がおとなしくついて行くであろうか・・・? 」

  「楚詞殿、急かせるようだが、善は急げと言う。 これから抹胡呂殿に会い行き、ご両親にもお会いいたそう。 父の要件は旅に出る前に聞けば良し として・・・まず、髭をあたられよ、あの姫御が汝の姿に驚くとは思えぬが、悪い印象を与える必要はあるまい。 楚詞殿の警護で、ご両親のためにも、中興府に向かう言質を取っておかねば・・・」 



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