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この作品には 〔ガールズラブ要素〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

ホワイトニングな彼女

作者: いかろす

「んあーん、なんか降ってこないかなぁ」

 降ってきてほしいのは雨だとか槍だとかそんなものではなく、アイデアだ。

 私こと種田佐奈は作家をやっている。送りつけたものが運良く賞に通り、二作目で四苦八苦している駆け出し。

 今日は小説のアイデアのためにお散歩している。とは言っても今日だけじゃなく昨日とか一週間前にも散歩しているのだけれど。

 閑静な住宅街を。

 静けさとは無縁な都会を。

 清らかな空気が流れる森を。

 歩く、歩くーー歩くんだけれど、アイデア様は一向にやってこない。

 家のソファでごろごろしてもなにも出ない。

 そんな中、私の元に一つの仕事が舞い込んできた。

 ぴろぴろ鳴る電話に出てみると、陽気な担当編集の声がほわほわの頭に響く。

「ふぁーい、種田でぇーす」

「もしもし種田センセ! サイン会決まりましたよ! サイン会!」

「へぇ、サイン会……サイン会⁉︎」

 私の本が上手い具合に売れてくれたらしく、急遽開くとのことらしい。それも一週間後。

「それでですね、サイン会のときに二作目の情報をお披露目みたいなこと出来たら最高だと思うんですよ!」


 そうして、私はアイデア探しのウォーキングに向かった。

 本日訪れているのは山。空気が澄んでいて、傾斜はゆるやかで登りやすい。

 そしてアイデアは降ってこない。

「んー、今日も無駄足かねぇ」

 なんて呟きが出た時、足元に一枚の紙を見つけた。

 拾い上げてみると、意味ありげな文字列が書かれていた。

「これって……ポエム?」

 ざっくばらんに言うと、素敵なポエムだった。

 周囲を見渡してみる。これを書いた人が居るんじゃないか、と。

 すると、居た。

 こんな素敵なポエムを書けるのは、あんな人なんだろうなと本能みたいなものが告げている。

 彼女の印象を表すなら、透き通るような白。

 落としましたよ、なんて言って返したかったけれど、私は木陰から彼女を見ていた。

 紙と鉛筆を持って、木に寄りかかって黄昏る彼女。その光景はどこか絵画的で、見ているとなんだか頭がまっしろになっていく。

 なにも考えられない。

 ひとつため息をついた彼女は、紙と鉛筆をどこかに仕舞って一冊の本を取り出した。

「あっ……」

 思わず声が出てしまい、私は急いで木陰に身を全部隠す。どうやらバレてはいない模様。

「……私の本だ」

 白い彼女は、私の書いた本を持っていた。

 もう一度覗くと、楽しそうに彼女は私の本を読んでくれていた。

 嬉しくて顔が熱くなる。すると、不思議なことが起きた。

 まっしろだった頭の中に、すらすらと浮かんでくるアイデア。書かずしてどうするというようなものが記されていく。

 そそくさと帰宅し、私はアイデアをまとめ始める。白い彼女には感謝してもしきれない。

 もう一度、会ってみたい。


 サイン会の日が来た。

 無事に二作目を表明し、私は堂々とサイン会に臨んでいた。臨んでいるのだがーー疲れた。

 読んでくれた人の顔を見れる事ほど嬉しいことはない。けれど、こう長いと疲れてしまう。

 だが、それもついに最後の一人となったようだ。頑張った自分を褒め称えたい。

「へいへい、お名前は?」

「種田蓮と申します」

 同じ名字だ。そんな人だと、自然と興味が湧いてしまう。

 綺麗な声音。身につけてるのは白い服で、顔を見上げてみるとーー

 頭が、まっしろになった。

「あ、あなたは……」

「えーっと、どこかで会ったこと?」

「ぃいえいえ、なんでもないです。種田蓮さん、っと」

 焦ってしまって字が少し雑になる。これはこれで味があるのかもしれないが。

 本を渡すと、蓮さんはくすりと笑った。

「やっぱり、あなたのような方」

 その言い草は、どこか私のことを知っているようで。

「えっと、どこかで会ったこと?」

「いいえ、ただ、本を読んでたら作家さんのお顔が見えてきたんです。きっと可愛らしい方だろうと思ったんですが、大当たり。嬉しいです」

 また、頭がまっしろにーーさせない。その前に私の顔が真っ赤だ。

「う、嬉しいのはこっちです! ありがとうございます!」

「ふふっ、二作目楽しみにしてます」

 妖艶ーーなんて称しても許されるような笑顔を残して、蓮さんは去っていった。

 その背中を、私は無意識に見送っていた。

 種田佐奈の心は、知らぬ間に彼女に奪われていた。


 無事二作目を刊行できた私は、またアイデア探しのために歩いている。

 でも、アイデア探しは建前なんて言っても過言ではない。降ってきてほしいアイデアを探しながら、私の心は白いあの人を探している。

 山を歩いても彼女は居なかったので、手当たり次第私は歩き回っている。今日歩いているのは閑静な住宅街。

「……って、こんなとこには居ないよねえ。アイデア見つけないと」

 その時、私の顔に紙が飛んできた。

 書いてあるのは、不思議なポエム。

 ーー見つけた。

「あら、種田センセ。お久しぶりです! わっ、それ見ちゃいました?」

「種田さ、じゃないや。蓮さん、お久しぶりです! 素敵なポエムだと思います! えっと、その……」

 まごまごする私を見て首をかしげる蓮さん。一挙手一投足が綺麗だ。

 そしてまた、私の頭はまっしろになっていく。蓮さんの色に染められていく。

「大丈夫です?」

 心配するような声音で告げる蓮さんは、私の手を優しく握ってくれた。

 冷たい手。驚いてしまった私は、考えてることもまとまらないまま、心の内をぶっちゃける。

「蓮さん、私と、わ、私と一緒に小説を書きませんか!」

 数秒の沈黙が流れる。

「……私と、ですか。ほんとですか⁉︎ そんな恐縮すぎるというか、ほんとですか⁉︎」

 突然子供みたいになる蓮さん。可愛らしくて目も当てられない。

「ほんとです。蓮さんを見てるとアイデアが出てくるというか、そんな感じなんです! お願いしても……」

「喜んで!」

 蓮さん、ついに私にぎゅっと抱きつく。これでは私の方が恐縮だ。

 この人を選んだのは、ある意味でミスチョイスかもしれない。

 なぜなら、まっしろになってなにも書けなくなりそうだから。

私も運良く入選して蓮みたいな娘とぎゅーってしたいですぅ


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