くらえっ生卵
ちょっと更新ペース早くなる(かも)
「お、気が付いたか」
ベッドの中で身動ぎする気配を感じて振り返ると、案の定数日ぶりに起き上がった仲間の姿がそこにあった。何が起こったのかわからないみたいだな。ぼーっとして天井を見つめている。無理も無い。
「余は……生きておるのか?」
左手にコップを持って水を注ぎ、渡してやる。そう、左手だ。フォカロルマーレによって切断された俺の左腕は今きちんと付いていて、動いている。
そしてロンメルトも、しっかりとした動作で受け取った水をグイッと飲み干した。
「智世の魔法のおかげだよ」
「ふっふっふ……」
ロンメルトが起きた途端に慌てて椅子から立ち上がって窓辺に移動し、何故か遠くの方を見つめていた智世が不敵な笑い声を出した。必要か? その演出。
「それこそがボクのEXアーツ、生の卵の力。『命』属性の治癒魔法」
「すごいよな、生卵」
「生の卵!!」
「いや、文字にしたら間違いなく生の卵だって」
見た目も普通のスーパーでパック売りしてるニワトリの卵と同じだし。
「父上は……」
「逃げた」
「というか悠斗が逃がした。そしてあのサムライの人が追いかけてった」
「師匠が?」
そう、ゲンサイさんはここにはいない。
あの戦いで俺がお目当てのオリジンであることが当然のようにバレてしまった訳だが、じゃあ決闘だ! とはならず、むしろ「じゃあもうセレフォルン行く必要無いや」って感じで呆気なく船を降りて行った。
「で、チケットが余ったからロンメルトが乗ることになったんだ」
「ここは船の上であるか!?」
うん。気絶している内に勝手に出国させるのは流石にどうかと思ったんだけど、今のロンメルトを1人で放り出して出発してしまうのは論外だったからな。マクリル先生のコネ無しにチケットを取るのが難しいから次の船を待つこともできなかったし、仕方なかったんだ。
「ふむ……まとめると、余が負傷した後、再びフォカロルマーレに切り替わった父上をユートが撃退し、トモヨが余とユートを治療。師匠は余にチケットを譲り、父上を追って船を降りた……という所であるな」
「サムライの人も治した」
「治す前から平気で歩いてたけどな」
マクリル先生みたく化け物の血でも混ざってるんじゃないか、あの人。
「余も父上を追いたいのだがな」
「いや、厳密に言うとゲンサイさんも先生を追っていったわけじゃないぞ。なんせ相手は海にいるからな、追おうと思って追えるもんじゃないだろ? 単純にセレフォルン王国に行く用が無くなったからガルディアス帝国に戻っただけだよ。で、もしフォカロルマーレが帝国内で暴れるようなら任せておけってさ」
「そうか……。余に出来ることは、父上が己を強くもってくれることを祈るだけなのであるな」
この先、マクリル先生が身体の主導権を取り戻すのか、それともフォカロルマーレが維持するのか。それは俺達にはわからない。きっと彼らはもう二度と俺達の近くにはやってこない……先生がそれを許さない、そんな気がするから。
だから俺達には想像することしかできない。マクリル先生はきっと自分を取り戻して、この広い海のどこかで生きているんだと。
「だが、生きておるのだな。父上は今も生きているのだな」
「ああ、それは間違いないよ」
「ならば今は、それで良い。だがいつか、余は父上を探しに行こうと思う。ふはははは、その時までに余の英雄譚を増やしておかねばな! 予定は変わったが、まずはセレフォルン王国にてノーナンバーの希望となろうではないか!! ふーははははははははは!!!」
相変わらずうるさいなぁ。相変わらずに、なってくれたと言うべきなのかな? とにかく暗い話はここまでってことなんだろう。
「じゃあさっきの続きだな」
「む? なにか話しておったのか?」
ロンメルトが起きる直前まで智世と話し合っていたことがある。俺としてはわりとどーでもいいんだけど、智世がやたらこだわるせいで話がまとまらないんだ。
「智世の二つ名だよ。ほら、オリジンって魔力色にまつわる名前があるだろ?」
俺の『深蒼』とか、智世の『常緑』とか。確かセレフォルン王国の初代国王は『暁』でガルディアス帝国が『黄昏』だったよな。他にも琥珀とか天波とか……ああ、それに現代の俺達以外のオリジン『鐵』とかな。
「トモヨの魔力色は赤であったか」
「ぶっちゃけ被ってるんだよなー。紅蓮のオリジンも赤なんだろ? 暁と黄昏も赤っぽいし」
「悠斗。思ってても言ってはいけない事がある」
「ごめん……」
大した意味が無くても何故か屈辱的だよな「かぶる」って。
「いや、暁はイエローで、黄昏はオレンジだったと記録されておったはずだ。紅蓮は……ううむ、赤であるな」
「やっぱりかぶ……」
「悠斗」
「ごめん」
でも紅蓮は赤っていうか紅色だろ。いや、どう違うのかは分からないけどさ。でも紅なんだから、赤ではないんだよな? 赤って単語は使っていいんだよな? じゃあもうそれでいいじゃん。なのに智世がごねるんだよな。
「赤天というのはどうであろうか? 暁、黄昏と同じく「空」にすることで紅蓮と区別できるであろう?」
お、いいんじゃないのか。智世の好きそうな厨二テイストだし。智世もむむむと悩んでいる。そして結論は--
「……保留」
「ちょっと気に入ったみたいだぞ」
「ふははははは、そうであろう!!」
「保留! もっと強そうなのがいい」
いや、回復魔法じゃん。
「じゃあもう、お前の大好きなアカシックレコードでいいんじゃん?」
「色は?」
「赤シックレコードだろ?」
「馬鹿にしてるから却下」
えええ……。赤巻 智世だからアカシックレコード連呼してたんじゃなかったのかよ。もしかして自分では赤の部分も重複してたの気づいてなかったのか?
「ううむ、そも余はトモヨの魔法を見ておらぬ。それではうまくイメージできぬわ」
「それもそうだな。よし、使ってみてくれ」
「じゃあ誰かケガして」
え? 嫌だよ? その右手に出てきた卵、地面にでも叩き付ければいいだろ。なんでこれだけは譲れない、みたいな目でこっち見てるんだ。
「では余が……むむ、動けん」
「アシストアーマが壊れてるからな。ああ、ガガンに手紙だしてセレフォルン王都に向かってもらったから、王都に着くまで使えないぞ」
「な、なんということだ」
しょうがないじゃん、胸に風穴空いたんだから。ガガンからの返事を待つ時間は無かったけど、まあアイツなら来てくれるはずだ。
しかしロンメルトが動けないとなると、俺しかいないのか……。俺がロンメルトに斬りつけるのは、むしろそっちのが嫌だし。
「おお、こんな所にオル様が……」
「みぎゃ!?」
「やめろ! わかったから、俺がやるから!!」
よくもこんな可愛いトカゲ……もといサンドアーマードラゴンにナイフを向けられるな貴様っ。俺が身代わりになるの分かっててやったんだろうけど。
「いって!」
勇気を出してナイフで指先を斬ると、鋭い痛みと共にぷっくりと血が出てきた。そりゃ今までもっと痛い目にはあってきたけど、自分からやるのは別の話だ。あー、痛かった。
「くらえっ生卵!!」
「おい今言ったよな!? 生卵って言ったよな!! っていうか何だこれ、嫌がらせにしか思えない」
ケガした手に叩き付けられた生卵。何も知らない状態でこれやられたら、迷わず喧嘩だ。ぶん殴ってやる。
でもその効果が劇的だ。卵から飛び出した赤い光が流れ込み、傷口はあっという間に何も無かったかのように元通りになっていた。
「ほう! なるほど! グロテスクであるな!!!」
「ホントだよ」
卵グチャア! 赤いのブチャアッ!! だ。最初に見た時は、もしかして中身が生まれる直前くらいまで成長してたんじゃないかと思ってゾッとしたもんだ。赤いのが魔力だと知ってどんなに安心したか。
「ちなみにこの卵は大きさも数も自由自在。大勢の人も一気に治療可能。そしてボクは救世主あるいは聖女として崇められる予定」
「さぞ凄惨な光景になるんだろうな」
大勢の人が真っ赤な液体でグチョグチョになる所なんて見たくも無い。
「ゲンサイさんですら驚いてたからなぁ。まるで鮮血のようだ、ってさ」
「……それでよいのではないか?」
「それって?」
「鮮血のオリジン! 強そうではないか!」
なるほど強そうだ。名前だけなら全オリジン中最強だろうよ。実際は最弱なのにさ。とりあえずどう考えても回復魔法の称号じゃない。
「採用!」
「え、マジで?」
「採用!!」
名前負けにも程がある。あと俺ならそんな名前のヤツに治療なんてされたくない。気づいたら人体実験されていそうだ。
だけどどうやら智世は大いに気に入ってしまったらしい。
「これからはボクの事を『鮮血のオリジン』もしくは『鮮血のトモヨ』と呼ぶように」
「じゃあ次の問題に移っていいか? 赤シックレコードさん」
「……」
「初対面の時はそう呼べって言ったじゃんか」
どっちにしろ普通に名前で呼ぶけどな。
「それで、次の問題とはなんだ?」
「うん、切実な問題。俺達船の上で戦ったじゃん?」
「であるな」
「……財布、海に落とした」
俺は切ない気持ちで下を向いた。ロンメルトも気まずそうに壁を見つめた。
財布を落とした時って、なんでこんなにも心細くなるんだろ。
「訓練の後であったから装備は持っていたが、見送りだけのつもりだったのだ。余の財布は家に置いてきておるぞ?」
「だよなぁ」
智世が服を買ったお金の残りを持っているけど、微々たるものだ。とりあえず船内での食事は餓獣を追い払ったお礼にタダでいいと言ってくれているけど、その後がなぁ。
「というわけで、次の港に着いたら討伐者ギルドに行って旅費を稼ぐ」
「ふはははははは!!! 任せておけ!」
「いや、今お前ポンコツだから」
「ふっふっふ。魔法に目覚めし鮮血の出番」
「どうやって攻撃するんだよ」
最下級のウサギと互角のヤツなんか当てにできるか。智世も直接的な戦力にはならないから1人で頑張るしかない。まあ今更そこらの餓獣に後れを取るわけないし、余裕余裕。
「護衛の依頼とかあると一石二鳥なんだよな。まあそんな感じでいくから」
「うむ、分かった。余が守りぬいてみせようぞ」
だからお前は戦うな。
出港してからロンメルトが目を覚ますまでで、すでに2日経っている。セレフォルン王国の港町アーリスまであと1日。