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君は小生の自慢の息子だ

 殺気がピリピリと皮膚を叩く。

 目の前にいるのは確かにマクリル先生だ。だけどフォカロルマーレでもある。そう感じた。


 マクリル先生は自分とフォカロルマーレには通じる点があると言った。過去を明確に思い出すことで、再び湧き上がった怒りとか憎しみの感情がフォカロルマーレのソレと噛みあったということなんだろうか?

 理由はどうあれ、今まで肉体の主導権を奪い合うような立ち位置だった彼らが同調してしまったことは明らかだ。


「ふっふ……面白いっ」


 一心同体となった人間と餓獣。未だかつて世界に存在したことが無いモノを前にゲンサイさんが興奮したように刀を振るった。


 まずい、マクリル先生が殺される。いくら同調したといってもマクリル先生は魔法士で、フォカロルマーレにいたっては水棲生物。地上の接近戦でゲンサイさんに敵うはずがない。

 そう、思った。でもそうはならなかった。


「魔力以外の力を求めた小生が、まさか武技を磨いていないとでも?」


 マクリル先生が、腕の鱗でゲンサイさんの刀を受け流した。恐ろしくなめらかな動きだ。ちょっとやそっとの修行で身に着けられるものとは思えない。


「そもそも、ロンメルトに剣技を教えたのは小生なのだからね」

「む!?」


 受け流した勢いをそのままに、マクリル先生の拳が突き出される。ゲンサイさんは当然のようにそれを躱したが、その腕の鱗が弾丸となって飛んでくるのは予想できずに右肩と左足を貫かれた。


「やってくれる……ふっふふふふふ」


 自分の傷を見つめて心底楽しそうなゲンサイさん。案外元気そうだが、さっきまでのような動きはできないだろう。


「父上! 正気に戻ったのではなかったのか!!」

「正気だよ? 君こそ正気かいロンメルト。小生をまだ『父』と呼ぶだなんて」

「な、なにを言っておるのか!? 当たり前であろう!!」

「だけどやっぱり君はあの二人の子供なんだよ。王であろうとする姿も、その為に力を求める姿も……ロンメルト、お前は成長するにつれてどんどんウルスラグナに似ていく。小生が最も軽蔑している、あの男に!」


 ロンメルトが絶句した。

 当たり前だ。ずっと慕っていた父親に言われて平気でいられる言葉じゃない。


「なんでそんな酷いことを! 先生、先生はロンメルトのことを誇らしげに語っていたじゃないか!!」

「あ……ああ、そうだ、ロンメルト。君はいつだって民衆の為の王であろうとしていた。それこそが彼女の望みだったというのに、アイツは……。ロン、メルトォォ」


 ダメだ。今のマクリル先生はやっぱり正常じゃない。母親に似ている部分を誇り、父親に似ている部分に憤ってる。まるで純粋な目でロンメルトを見れていない。


「先生! 元に戻ってくれ!! 何か方法は無いのか……もとに戻る薬とかは!」

「無い」


 一転、冷めたような酷薄な表情で告げられた。


「これはいわば進化だ。それを戻す必要がどこにあるというんだい?」


 なんて、ことだ。じゃあ先生はずっとこのままなのか。さっきまでのようにフォカロルマーレとせめぎ合いをしていたのなら、マクリル先生の心が勝てばいいと思う事だってできた。だけど今、マクリル先生とフォカロルマーレは手を組んでいる状態だ。

 倒すしか……殺すしかないのか? いや、それを決めるのはロンメルトだ。アイツが諦めない限り諦めないと俺は決めたんだから。


「ふ……ふははははは! ふーははははははははははぁっ!!」


 全員がきょとん、とロンメルトを見つめた。え? ど、どうした?


「ようやく合点がいったわ! 何故父上が何の血縁関係も無い余を今日まで愛し、育ててくださっていたのかがやっと分かった!!」


 そうだ。愛していなかったはずがない。もし本当にマクリル先生が王家に反逆したいだけならロンメルトを連れて逃げる必要なんて無かったんだ。ロンメルトを鍛えて、次の王に据える必要だって無かった。ただフォカロルマーレの力を制御して攻め込めばそれで良かったはずなんだ。



「父上は、余の母上のことを愛しておられたのだな」



 マクリル先生の表情が歪んだ。 


「黙れ」

「余の中に母上を見て、愛してくださっておられたのだな」

「黙れ! 違う、そうじゃない!!」

「余の……」

「!? やめろ! フォカロ--」


 まずいと思った時には、もう遅かった。

 ロンメルトの鎧を突き破り、その胸の中心にマクリル先生の腕が突き刺さっている。


 ウソだろ……? だけど、あの血は。血の量はどう見ても致命傷だ。


「ロ、ロンメルトオオオオオオオ!! な、なんてことだ。なんてことをしてくれたんだっフォカロルマーレ!!」


 マクリル先生のその言葉で、察することができた。

 俺やゲンサイさん、智世は脅威になりうる相手として、マクリル先生はここで殺そうと思っていた。それはたぶん間違ってない。だけどロンメルトだけは、きっと殺す気なんて無かったんだ。

 だけどロンメルトの言葉を否定するマクリル先生の意志を、フォカロルマーレは拒絶と受け取って勝手に排除しようとした。そうでなければ、マクリル先生が涙を流して後ずさる理由がない。


「父上……がふっ!?」

「ロンメルト!! ああ、違う。そんなつもりじゃ……。あああああ」

「それでも、余は……父上、愛し……」


 ロンメルトの体が力を失って崩れ落ちる。智世の悲鳴が響く中、俺はその体を受け止めた。

 胸にポッカリ空いた鎧の穴から傷口が見えた。なんだよこれ、こんなの……助かるわけないじゃないか。こんな傷じゃ……。


「小生もだ! 愛していた!! 違うんだロンメルト! 確かに最初はクローナの子供として面倒を見ていた。だけど、自分に向かって父と呼びながら手を伸ばす子を、どうして愛さずにいられるんだ!! 愛していたとも! 君は小生の自慢の息子だ!!」


 人間の、魂の奥底からの叫びを生まれて初めて聞いた。この叫びを聞いてマクリル先生の愛情を疑う者なんていないと断言できる。


「なのに、なのに小生はこの手でっ! ああああああああああああああ」


 マクリル先生が頭を抱えて絶叫した。これは、まさか……。


「コロシテヤル」

「また、お前か……」


 マクリル先生の心が弱った隙をついて出てきたのか、それとも同調した仲間を守る為に出てきたのか。どっちだっていいや。


「今回のことは、ほとんどが先生の自業自得なんだと思う。だけどな……」


 このフォカロルマーレはさっきまでのものとは違う。肉体の主導権を掌握した、いうなれば完全体。ゲンサイさんにすら手傷を負わせたマクリル先生と同等の存在。きっと強いんだろうけど、それもどうだっていい。


「お前が引っ掻き回さなけりゃ、ここまで酷いことにはならなかったんだっ!!!!!」


 感情に従って走り出す。フォカロルマーレもまた、この場で唯一五体満足の戦力である俺を標的に定めたようだ。

 

 今俺が持っていて、この船の上という環境で使えそうな攻撃手段は雷、風、光の3つだけだ。

 電撃では致命傷を与えきれない。さっきの電撃以上の威力を出せるだけの魔力も残っていない。風も電撃以上の効果は望めない。光の速度で攻撃しても、あの頑丈そうな鱗を見ると不安がある。


 ならどうする?

 なら、全部だ!


『世界』が命じるオーダー、風を拳に、雷を腕に、光を身体に!!」


 といっても体全体を加速させるには魔力が心もとない。腕を振り出す、その動作のみを加速させれば十分だ。


 フォカロルマーレが、ロンメルトに折られて短くなったヒレの刃を薙ぐ。予備動作すら、まるで見えない。見えないなら防ぐしかないな。とにかく顔と首を左腕で守ろう。

 次の瞬間、左腕に激痛が走った。ロンメルトに折られていなければ、肘から先が斬り飛ばされていたかも……ああ、いや、たった今自分の動作の勢いでちぎれてどこかに飛んで行った。頭がどうにかなってしまいそうなくらい痛いけど、それ以上にコイツを殴らなければ気が済まない。


「おおおおおおおらああああああああああああああああ」


 フォカロルマーレの右肩に拳を叩き込む。

 拳に込められた風が破裂し、鱗が弾け飛ぶ。そこに待ってましたとばかりに電撃が流れこんだ。そして単純に勢いよくぶちかましたパンチがフォカロルマーレを船の外へと吹き飛ばす。


 砕け散った鱗がキラキラと光る中、右肩をえぐり取られた状態で宙に舞うフォカロルマーレの口が動いたのを、俺は確かに見た。



『すまなかったね』



「ごめんなさい、マクリル先生。さようなら……」


 海が水しぶきを上げてマクリル先生を包み込む。彼は、彼らはそれきり浮かび上がっては来なかった。

 ゲンサイさんが足を引きずりながらやって来た。


「なぜ頭を狙わなかった? 仮にも餓獣王。あの程度の傷では死なんだろう」

「ロンメルトがまだ、諦めるって言ってなかったからです」

「ふん、死にゆく者に義理立てして何になる」


 ゲンサイさんがつまらなさそうに言い捨てた。

 ロンメルトは甲板に横になったまま動かない。その周りは血で真っ赤に染まっている。

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