表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
94/223

あいつが諦めない限りは俺も諦めない

「餓獣の血を……?」

「そう! ただ、飲んだだけではどうしても効果が続かない。それに強い餓獣の血なんて、そう簡単に手に入らないからね。そこで小生はオリジンの血と同じく、人体の血液に混ぜられないかと考えたのさ」


 なんだそのあからさまにヤバそうな実験は。言うなれば、そこいらの犬の血液を人間に輸血するようなものだろう? 俺は医学的なことは全くこれっぽっちも解らないけど、それが絶対にやっちゃならない行為だってことぐらいは解るぞ。

 肉体面でも精神面でも、なにより倫理的に有り得ない。だけどマクリル先生がそのことを考慮しないとも思えない。


 絶句する俺達を置き去りに、マクリル先生の言葉が続いた。


「苦労の連続だったよ。そもそも違う生物の血液だからね、そんなものを流し込めば当然死んでしまう。それを可能にするための実験だけで8年を費やしたよ」


 何の成果も確証も無く8年。根本的に不可能なんだと諦めて良さそうなものなのにそれでも続けて、そして成し遂げたのはひとえにロンメルトを思ってのことなんだろう。それこそ倫理観を無視してでも推し進めるほどに。


「次は注入する量だね。多ければ死ぬし、少なければ効果が無い。それに濃度も気をつけないと、すぐ拒絶反応が出てしまう。寿命が短くなってしまうのにも困らされたものだよ。何度も失敗して死なせてしまった。何度も、何度も……」


 長年かけてようやく完成した実験の過程を語っているというのに、苦々しい表情で話すマクリル先生。その様子から、先生がこの研究でどれだけ苦労したのかが、そして実験の異常性に心を痛めていたことが伝わってきた。


「なんでもない普通のネズミが、火ネズミのように炎を纏った時、小生の実験は一応の完成を見たよ。最後に残った懸念は1つ。強大な餓獣の血に肉体が耐えられるのかどうか、だけど……これはユート君のおかげで解決したよ。君に狩ってきてもらったAランクの餓獣の血に、ネズミは耐えた」


 そうか。俺が実験の手伝いとして高位の餓獣を持ってくるよう頼まれていたのは、血を取るためだったんだな。俺達は迷宮で普通に倒してきていたけど、普通Aランクの餓獣といえば現代の人類最強が勝てるかどうかという相手だ。ワンランク上がったSランクとなれば、現代人では何人集まっても倒せないとまで言われている。いくら先生のコネがあっても、どうしても手に入らなかったんだろう。


「小生が10年前に偶然手に入れた最高の血は、最後の人体実験しょうせいと本命であるロンメルトの分しかなかったからね。本当に助かったよ」


 ふと、脳裏にある考えがよぎった。

 俺は本当にマクリル先生の実験を手伝って良かったのか? とんでもないことに手を貸してしまったんじゃないのか?

 いや、この研究は倫理的にはどうあれ、この世界の全人類を救えるものだ。そのはずだ。


「はは、なんて顔だい君達。分かっているさ、これが人道に反する実験だってことくらい。だからこんな不便な所に居を構えているのさ。この研究が明るみに出れば、間違いなく小生は異常者として処刑されるだろうからね。ただしそれは研究が未完成だったなら、の話さ」


 マクリル先生の表情に、安堵の笑みが浮かんだ。

 バレたら殺される。ロンメルトも狂人の息子として酷い目にあうかもしれない。そんなプレッシャーを常に背負っていたんだ、この人は。


「だけど研究は完成した。御覧よ、小生は今、餓獣の力を操っている。強大な餓獣の力を、なんの代償も無く自由に使えるんだ。これでもう、人々が餓獣に怯えることは無くなる……世界の常識が変わる! 最強の餓獣の力を手に入れて、ロンメルトが王になって人々を導くのさ!!」


 海がうねる。

 まるでマクリル先生の感情に呼応するかのように、波が高く荒れ始めた。


「面白い。実に面白い。それで探究者よ、その最強の血とは……なんの餓獣だ」


 それまで静観していたゲンサイさんが、舌なめずりするようにマクリル先生を見ながら問いかけた。こいつはヤバい目だ。戦闘狂の目だ。ゲンサイさんのレーダーに先生が引っかかった。

 そしてそれ以上にヤバいことに気が付いた。水、海を操る最強の餓獣といえば、そんなの1体しか思いつかない。最強を名乗ることが許されたのは、世界にたった3体だけなんだから。


「海王フォカロルマーレ」


 三界の餓獣王の1体。海の支配者。そして既に鐵のオリジンによって討伐されている怪物。


「そうだよ。小生が10年前に浴びたのは、小生の目の前で鐵のオリジンに斬り殺されたフォカロルマーレの血さ」


 波が、さらに高くなる。

 と、そこでようやくマクリル先生がゲンサイさんを見た。今までずっと俺やロンメルトの方ばかり見ていたから、まったく気づいていなかったらしい。


「君は……」


 船が激しく揺れた。大丈夫か、これ。本当に制御できてるのか?


「ぐ、ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ」


 そんな不安を肯定するように、マクリル先生が頭を抱えて絶叫した。

 人間にこんな声が出せるのかと、そう思ってしまうほどの苦悶の悲鳴が俺達の鼓膜を震わせる。


 そしてとうとう波の激しさに耐えかねた船が、出港準備でゆるめられていたロープを振りほどき渡し橋を叩き落とし、強引に船を海原へと引きずりこむ。

 まずい、こっちは敵のテリトリーだ。


 敵?

 俺は今、マクリル先生を敵だと思ったのか?


 この2週間、とてもお世話になった。

 俺達が気をつかわないように、いつも笑みを絶やさなかった。慣れない異世界での生活に戸惑う智世に、色々なことを語り聞かせていた。ここの料理がおいしいんだと、研究の時間を割いて一緒に食事を楽しんだ。ロンメルトの話になると、とたんにおしゃべりになってロンメルトが子供の頃の出来事なんかを語り続けた。


 優しい人……だった・・・


「父、上……」


 今のマクリル先生を見て、人間だと言う人はきっといない。

 肌には青いウロコが張り付き、龍のような角を生やし、体から羽衣のような皮膜をたなびかせる姿は、全体的なシルエット以外はとうてい人間と呼べるものじゃなかった。



 誰が悪かったんだろう。どうしてこうなってしまったんだろう。

 最初からこんな危険な実験をするべきじゃなかったといえば、そうだろう。だけど俺が高位の餓獣を渡さなければ、実験は足踏みして止まっていたかもしれない。俺達が帰るまでに完成させようと急いでしまったのも悪かったのかもしれない。


 そんな後悔に意味は無いけれど、考えずにはいられなかった。どうするのが正解だったのか。どうしていれば、この人と戦わずに済んだのかと。


「智世は船の中に入ってろ。他の人達にも出てこないように言っておいてくれ」

「悠斗……? うそ、そんなのヤダ……うそ」

「嘘じゃない。先生は……俺達が先生を止めないと」


 原因は分かりきっている。そしてその原因はマクリル先生の血液そのものだ。そんなもの、どうしようもない。血液から餓獣の血だけを選んで取り除くなんてこと、出来る訳ない。

 先生が正気を失って暴れるなら、力づくでも止めなくちゃいけない。この力が餓獣王のものなら、この世界の人間には止められないのだから。


「父上! 薬は無いのか! 失敗した時の保険に、何か薬は!!」

「ぐ、ガガ……」


 意識は無いのか? 言葉が話せる状態じゃないのか?

 とにかく、ロンメルトが言ったようにマクリル先生がワクチンのような物を用意している可能性はある。まず、それを聞ける状態に持っていく必要があるな。


「どうした悠斗、その腰の剣は飾りか?」

「ゲンサイさん」


 ゲンサイさんが刀を抜いていた。その表情は引き締まっているが、どこか楽しそうだ。

 戦うのが好きなんだろう。だけど不謹慎だ。少しイラついた。


「絶対に殺さないでください。王様……ロンメルトの父親なんです、あいつが諦めない限りは俺も諦めない。だから」

「……まあ良いだろう」


 意外とあっさり引き下がってくれた。


「まずは拘束しよう。餓獣王って言ったって、所詮は血液だけだ」

「すまぬ、ユート。付き合ってくれるか」

「当たり前だ」



 だけどロンメルト。もし先生が話せる状態になったとしても、ワクチンに当たる物が存在しなかったら……その時は。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ